第52回 カウアイ島に伝わる 巨人伝説の舞台
ハワイの歴史・文化に詳しいライター・森出じゅんさんのコラム。第52回は、前回に続きカウアイ島がテーマ。島各地に点在する巨人伝説に焦点をあて、その舞台をお届け。
更新日:2026.08.31
小人族メネフネ伝説の本拠は
巨人伝説のメッカでもあったALOHA! ホノルル在住の森出じゅんです。
ハワイ文化に焦点を当て、ちょっと意外なハワイの横顔を紹介するこのコラム。今回は前回に続き、カウアイ島をテーマにお届けします。ハワイ主要八島で最古のこの島は、太古から伝る神話・伝説の宝庫。特に神話好きには、小人族メネフネ伝説の本拠地として知られています(詳細は第12回「メネフネ伝説の里、カウアイ島ハエナ」を参照ください)。
その一方、実はカウアイ島には、巨人伝説もたくさん残っているのをご存じでしょうか? もしかしたらそれは、小人族メネフネとの対比の関係なのかもしれません。そこで今回はカウアイ島各地に点在する巨人伝説に焦点をあて、その舞台を紹介していきましょう。
スリーピングジャイアントに
まつわる伝説2つとは?「カウアイ島の巨人伝説」の舞台と聞いて最初に皆さんの頭に浮かぶのは、おそらく島東部のカパア近くに鎮座するノウノウ山ではないでしょうか。ノウノウ山は通称、スリーピングジャイアント。その山影が、上向きに寝転ぶ巨人の姿に似ているからです。

カパアから望んだスリーピングジャイアント/Photo Courtesy of Hawaii Tourism Authority (HTA)/Tor Johnson
「スリーピングジャイアント」という命名については、いくつかの伝説があります。1つ目は、小人族メネフネも登場する悲しい物語。巨人のプニは身体こそ大きいものの、心優しい巨人でした。日頃からメネフネたちと仲がよく、いわばメネフネにとって「頼りになる力持ち」だったようです。
そんなある夜、緊急事態が起きました。隣のオアフ島から、戦士を乗せたカヌー軍団が近づいてきたのです。それを見て慌てふためいたメネフネ。「このままではカウアイ島が征服されてしまう!」

ワイルア川のクルーズ船から眺めたスリーピングジャイアント。山はワイルア地区からもよく見える
急いでプニのもとに駆けつけ、オアフ軍を追い払ってもらおうとしましたが、プニはぐっすり眠りこんでいます。そこでメネフネは石を投げてプニを起こそうとしたのですが、プニは一向に反応しませんでした。そうこうするうちに石の一つがプニのおなかに当たってはね返り、敵のカヌーを直撃。オアフ軍は去っていきました。
大いに喜んだメネフネたちは翌朝、改めてプニを訪ねたのですが…。プニは上向きに横たわったまま絶命していました。なんとメネフネの投げた石の一つがプニの喉にはまり、窒息してしまったのです。
それ以来、プニは空を見上げながら永眠し、巨大なその姿はスリーピングジャイアントとして知られるようになった…ということです。
また2つ目の伝説によれば、巨人の名はプニではなくヌヌイ。ヌヌイは人間想いの親切な巨人で、近隣のハワイアンの仕事をいつも喜んで手伝っていたとか。たとえば人々が大きな岩を必要とするとワイルア川沿いから大量の岩を集めてやり、オヒアレフアの木が欲しいと聞けば、山々の頂きから木を集めてくれました。ヌヌイは歩くたびに大きな穴を残したので、人々はヌヌイの足跡にバナナなどを植え、畑を作ったものでした。

スリーピングジャイアントはカウアイ島東部の見所の一つ。カパアにはその名を関したレストランも
そんなヌヌイに深く感謝していたハワイアンたち。しばしば祝宴を催してヌヌイにご馳走を捧げましたが、ある時、ヌヌイはご馳走を食べすぎてしまいました。天を仰いで横になるとそのまま深い眠りにつき、今もなおぐっすりと眠り続けているということです。
島南海岸を見張る
巨人、ハウプの伝説カウアイ島にはもう一つ、巨人伝説の残る山があります。南海岸のポイプ近くにそびえる、ハウプ山がそれ。ハウプはプニ(またはヌヌイ)のような優しい巨人というより、神経質で落ち着きのない巨人でした。大きな音に過剰反応しては大暴れするので、土地の首長はハウプを海辺の山の上に配し、一帯の見張りをさせることに。

左上がハウプ山 / Photo Courtesy of Hawaii Tourism Authority(HTA)
そんなある日のこと。真夜中に海の方から聞こえてくるさざめきで目を覚ましたハウプ。寝ぼけ眼で沖合を眺めると、無数の松明がきらめいているではありませんか。すわオアフ島軍の攻撃か! と大慌てしたハウプ。巨岩をつかむと、沖に向かって思い切り投げつけました。
…ところがその時、ハウプは大いなる勘違いをしていたのです。松明を掲げていたのはカウアイ島侵略を企てるオアフ軍戦士ではなく、沖合でのんびり釣り糸を垂れる釣り好きの首長でした。ちょうどハウプの住む山から対岸に当たるオアフ島ノースショアに、釣りを愛する首長が住んでいました。おりしもその夜、首長は部下を引き連れて夜釣りに出たところだったのです。
ところがハウプの投げた岩は、カヌーの真ん中に陣取っていた首長を直撃。首長は即死し、それ以来、首長の領地は首長の名をとってカエナと呼ばれるようになりました。ハウプが投げつけた巨岩は今なおカエナの海辺に残り、ポハクオカウアイ(カウアイの岩)と呼ばれています。

岩々の先にポハクオカウアイが鎮座する。この岩には半神マウイの神話も残る
一方、ハウプが陣取っていたカウアイ島南部の山はそのままハウプ山と命名され、今に至っています。
ハワイの過去の反映?
小人伝説VS巨人伝説巨人伝説は、カウアイ島の北海岸や西海岸にも点在しています。たとえば北海岸のルマハイ川の河口には、かつて巨人の舌だったという岩、「ケアレロオピリクア(ピリクアの舌)」が。
大昔、ルマハイに住んでいた巨人のピリクアは身体だけでなく声も大きく、近隣の人々を苦しめていました。旅人が通りかかるたび、大声で「カウアイ島の美しさは何か」と問うたピリクア。来る日も来る日も同じやり取りを聞かされ、ルマハイの人々は大いにうんざりしていたのです。
ついには一致団結して巨人を殺し、遺体を海に投げ捨てました。遺体は鳥や魚についばまれ、今ではかつての巨人の舌だけが、岩となって佇んでいます。

北海岸のハナレイ周辺にも巨人伝説が / Photo Courtesy of Hawaii Tourism Authority (HTA)/Tor Johnson
またルマハイにほど近いハナレイにもカウアホアという巨人戦士の伝説が伝わるほか、島最西端のマナにも巨人リマロアの伝承が。最初に「カウアイ島は小人伝説だけではなく巨人伝説のメッカ」と記したとおり、島のいたるところに巨人伝説が残る印象があります。
ちなみにハワイの小人伝説&巨人伝説の起源ですが、興味深い説がありますので最後に紹介しておきましょう。ハワイには大昔、まずマルケサス諸島から小規模の移植があったとか(3~5世紀頃)。その後、10世紀頃にタヒチから大規模な移殖があり、食糧などの用意が万端で大柄だったタヒチからの移住者は、貧しい食環境で小柄だったマルケサスからの先住民族を奴隷化したとか。その先住民族が、メネフネの起源だと信じる人たちがいます。
そう考えると、カウアイ島に多く残るメネフネ伝説にも巨人伝説にも、太古の歴史の欠片が反映されているのカモしれません。ハワイにはもう見上げるような巨体の戦士はいませんが、巨人伝説の残る山々は健在。カウアイ島を訪れたら、今回取り上げた山々をぜひ見上げてみてくださいね。
「やさしくひも解くハワイ神話」
第5刷が出来あがりました!最後に嬉しいお知らせです! 2020年に出版した「やさしくひも解くハワイ神話(フィルムアート社)が今夏、増刷されました。これで第5刷となります。出版不況が囁かれるなかここまで版を重ねることができたのも、ハワイ好き、神話好きの皆さんのご支援あってこそ。この場を借りて、深く御礼申し上げます。有難うございました!

合わせて、以下の書籍もどうぞよろしくお願いいたします。
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ハワイカルチャーさんぽ
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Hawaii 神秘の物語と楽園の絶景
「植物でめぐるハワイの神話」は2026年5月に発売されたばかり。「ハワイカルチャーさんぽ」は2024年に発売。「Hawaii 神秘の物語と楽園の絶景」は2刷目が売り切れ間近で、書店に残るのみとなっています。
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森出じゅん/JUN MORIDE プロフィール
- オアフ島ホノルル在住。横浜出身。青山学院大学法学部卒業後、新聞・雑誌・広告のライターとして活動。1990年、ハワイ移住。フリーランスのジャーナリストとして活動するかたわら、ハワイの文化や歴史、神話・伝説、民間伝承を研究中。単に「美しいハワイ」にとどまらないハワイの奥深い魅力、真の姿を日本に発信すべく、執筆を続ける。2012年からハワイ州観光局の文化啓蒙プログラム「アロハプログラム」講師。著書に「ミステリアスハワイ」(ソニーマガジンズ刊)、「ハワイの不思議なお話」(文踊社刊)、「やさしくひも解くハワイ神話」(フィルムアート社)、「Hawaii 神秘の物語と楽園の絶景ーハワイの人々が愛する100の神話」(パイインターナショナル刊)がある。
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