美貌の王妃、エマを偲ぶ カルチャーさんぽ
ハワイの歴史・文化に詳しいライター・森出じゅんさんのコラム。第53回は、カメハメハ4世の妃、エマ王妃ゆかりの地をテーマにお届け。
更新日:2026.10.30
イギリス人の祖父を持つ
美しき王妃の数奇な人生ALOHA! ホノルル在住の森出じゅんです。
ハワイ文化に焦点を当て、ちょっと意外なハワイの横顔を紹介するこのコラム。今回はカメハメハ4世の妃、エマ王妃ゆかりの地をテーマにお届けします。エマ王妃は、イギリス人を祖父に持つ美貌の王妃。若くして未亡人になり、悲劇の王妃としても知られていますね。ゆかりの地をご案内する前に、まずはその人生を簡単に振り返っていきましょう。
Photo Courtesy of Hawaii State Archivesエマの祖父は、カメハメハ大王の参謀だったイギリス人のジョン・ヤング、祖母はカメハメハ大王の姪。エマは当時の慣習にのっとって母の妹グレース&その夫でイギリス人医師のトーマス・ルーク夫妻の養女になり、ホノルルでイギリス流の教育を受けながら育ちました。幼馴染みだったカメハメハ4世と20歳で結婚し、2年後には待望の跡継ぎ、アルバート王子が生まれています。
カメハメハ4世とアルバート王子(Photo Courtesy of Hawaii State Archives)
ところが1862年、アルバート王子が脳炎のため4歳で急逝。しかも翌年には、カメハメハ4世も病死するという悲劇が。27歳にして一人息子と夫を亡くし、孤独の身となってしまったエマ。ダウンタウンの山側、ヌウアヌの丘にある王家の霊廟に息子と夫の亡骸が埋葬された時、敷地内で1ヶ月野営しながら、喪に服したという話が伝わっています。
エマが亡くなったのは、その22年後の1885年。享年49歳でした。今ではやはり王家の霊廟で、愛する夫や息子とともに永遠の眠りについています。
エマの幸せと栄光、
悲しみの軌跡ここでいよいよ本題に入りましょう。エマゆかりの地を見ていくカルチャーさんぽ、最初のスポットは、ダウンタウンのカワイアハオ教会。オアフ島最古のこのプロテスタント教会で1856年、エマは2歳年上だったカメハメハ4世と式を挙げました。イギリス人の血を4分の1ほど受け継ぎ大変な美人と評判だったエマですから、その花嫁姿はさぞ美しく、幸せに輝いていたことでしょう。

またカワイアハオ教会から山側に歩いて約10分の場所には、エマ&カメハメハ4世がイギリスから招聘した英国国教会、聖アンドリュー大聖堂があります。2人はハワイ初の英国国教会創立のため募金活動を続け、カメハメハ4世の所有地に教会が建てられたのです。現在の大聖堂が完成したのは1886年ですが、それ以前に、まずは仮設の小さな聖堂が完成。いよいよロンドンから牧師が派遣され初の礼拝が行われたのは、1862年。皮肉なことにそれは、2人の愛息アンドリュー王子の葬礼でした。

エマの死後、1886年に完成した壮麗な大聖堂
そんな創立背景から教会の内部には、エマ&カメハメハ4世の肖像画ほか、ハワイ王族の象徴ともいえるカヒリ(羽毛の飾りを先端につけたスティック)なども。
また同教会は、なんといっても天井近くまである壮麗なステンドグラスで有名ですね。ステンドグラスにはキリストの生涯等に混じり、エマ&カメハメハ4世もモチーフとして使われています。
ですが教会創立にも勝るエマの生涯最大の功績は、クイーンズ病院の設立でしょう。クイーンズ病院は、ハワイ初の総合病院。当時のハワイでは天然痘や麻疹など新たな病いが流行し、人口が激減していました。そのためエマ&カメハメハ4世はハワイ王国議会に呼びかけ、自分たちも資金を寄贈するなどしてホノルル・ダウンタウンに病院を開設したのが1859年。
もちろんカメハメハ4世の力も大きかったわけですが、(キングズ病院ではなく)クイーンズ病院と名づけられたのが興味深いところです。今では6つの病院のほかに150のクリニックを擁するハワイ随一の病院に成長し、9400人がクイーンズ病院傘下で働いています。

ホノルル・ダウンタウンのクイーンズ病院
…ここで一つ告白しますと、実はこれまで、それほどエマに関心のなかった私。確かに華やかな美貌の王妃ではありますが、大変気の強い女性なのかな? との偏見を持っていたからです。というのも、カメハメハ4世が亡くなってから11年後。ハワイ王国国王を決める選挙にエマは名乗りを挙げ、カラカウア王に敗れています。その後、エマの熱狂的な支持者が暴動を起こし、死者も出たとか。元王妃という立場に満足せず国の頂点に立とうとしたエマを、権力欲の強い女性だと否定的に見ていたのですが、クイーンズ病院を初訪問してそんな気持ちが霧散しました。
というのも…病院のロビーには爽やかなハワイアン音楽が流れ、ハワイアンムードでいっぱい。「ここはホテル? それとも病院?」と呆気にとられるほどの賑やかさです。加えてロビーのあちこちに、エマ&カメハメハ4世の肖像画や写真をはじめ、王族関係の展示が。…クイーンズという名称の印象もあるのでしょう、その空間はエマの圧倒的な存在感で溢れていました。
「約160年以上昔にエマが主導して建てた大病院は、こんなにもハワイの人々に愛され、島の医療・福祉を支えている」。そんな事実を改めて実感し、ようやく人々にとってのエマの存在感や有難みが、ひしひしと感じられた次第です。
クイーンズ病院はもちろん医療の場ではありますが、ロビーの一角には(ワイキキにあってもいいほど)かなり充実したハワイアンショップがあるほか、カフェもあります。そんなわけで私もダウンタウン散策の途中で、コーヒーを買いに寄るようになりました。今ではエマの慈愛をじかに実感できる場所として、私の心に刻まれています。
そして、さらにエマゆかりの地として外せないのが、ヌウアヌにある「エマ王妃の夏の離宮」。エマが叔父から引き継いだ瀟洒な2階建てのこの洋館は、エマ&一家のお気に入りの別荘でした。街の喧騒から離れた館で、一家は楽しい時間を過ごしたと言われています。

内部はイギリスのビクトリア女王から結婚祝いに贈られたサイドボードやアルバート王子のゆりかご、陶器製バスタブなど19世紀の調度品で溢れ、エマのエレガンスを感じさせる場所がここ。撮影禁止のためここで写真をお見せできないのが残念ですが、今では博物館として一般公開されていますので、ぜひ訪れてみてください。
その際は、車で5分ほどの「王家の霊廟」も必見! エマやカメハメハ4世、アルバート王子のほか、エマの養父&養母であるトーマス・ルーク医師夫妻も、ここに埋葬されています。
王家の霊廟。エマはカメハメハ王朝の墓碑の下に眠る
以上見てきたように、エマが生涯を過ごしたホノルルには、エマ&家族の足跡がたくさん残っています。エマの愛と悲哀に満ちた人生を偲ぶカルチャーさんぽ、ぜひ出かけてみてくださいね。
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森出じゅん/JUN MORIDE プロフィール
- オアフ島ホノルル在住。横浜出身。青山学院大学法学部卒業後、新聞・雑誌・広告のライターとして活動。1990年、ハワイ移住。フリーランスのジャーナリストとして活動するかたわら、ハワイの文化や歴史、神話・伝説、民間伝承を研究中。単に「美しいハワイ」にとどまらないハワイの奥深い魅力、真の姿を日本に発信すべく、執筆を続ける。2012年からハワイ州観光局の文化啓蒙プログラム「アロハプログラム」講師。著書に「ミステリアスハワイ」(ソニーマガジンズ刊)、「ハワイの不思議なお話」(文踊社刊)、「やさしくひも解くハワイ神話」(フィルムアート社)、「Hawaii 神秘の物語と楽園の絶景ーハワイの人々が愛する100の神話」(パイインターナショナル刊)がある。
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