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プロ・ゴルファー「タッド・フジカワ」インタビュー
2008年6月10日 07:21 | 2007~2008年冬号 インタビュー オアフ島/ワイキキ
Tadd Fujikawa(タッド・フジカワ)
取材を終えて
名門ワイアラエ・カントリークラブに現れたタッド・フジカワ君は、弱冠16歳ながら大物感を漂わせるたたずまい。ひとことしゃべり出すと、なんともかわいい、でもしっかりした高校生なのでした。インタビューの翌日には、ツアー参加のためフロリダへ。その活躍ぶりは連日新聞をにぎわし、日本のハニカミ王子に負けないくらい注目を集めています。頑張れ、ハワイのプリンス!
「ハワード・ダイカス」インタビュー
2008年1月30日 16:28 | 2007年秋号 インタビュー オアフ島/ワイキキ
Howard Dicus / ハワード・ダイカス
インタビューを終えて
テレビで観るちょっとシニカルなイメージとは全く違う、ソフトな面を見せてくれた素顔のハワード・ダイカスさん。ビジネス経済の話とは離れたプライベートな質問にも快く答えてくださいました。亡くなった奥様との思い出を大切に話される態度に、好感度はますますアップ。新聞社を辞め、テレビ・ニュース・チームの一員となったダイカスさんこれからの活躍が楽しみです。
インタビュー「ピーター・アポ」
2007年8月 1日 16:25 | 2007年春号 インタビュー
| 本当のハワイを語り継ぐアロハの伝道師 ピーター・アポ -Peter Apo- インタビュー |
| ハワイがハワイらしさを失わないため、そして世界中から訪れる観光客が、真のハワイ体験を満喫できるように活動するネイティブ・ハワイアン・ホスピタリティ協会(NaHHA)。ディレクターを務めるピーター・アポ氏は、アロハ・スピリッツの語り部として、祖先から受け継いだ独自の価値観を継承し続けている。 |
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| アロハスト | リート(以下アロハ): NaHHA(ナハ)が設立された背景について教えていただけますか? |
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| アロハ: | 創始者メンバーのおひとりということですが、どのような経緯から参画されることになったのでしょうか? |
| ピーター: | 私にはハワイアンの血が流れているのですが、私が育った時代は、実はハワイアンであることがカッコイイことではなかったのです。アメリカナイズされた本土風のライフスタイルが良しとされ、公立学校でハワイ語を話すことが禁じられていたこともあって、せっかくハワイアンの家に育ったのに、言葉が話せないまま育ちました。 ところがハワイの観光業で働くようになってから、いかにハワイアンとしての私のルーツが大切なものか、あらゆる場面で実感するようになりました。自らのアイデンティティについて、深く探求すると共に、盛り上がり始めたさまざまなネイティブ・ハワイアンの活動に加わるようになりました。州や市の機関で働くこと27年。リタイア後の第二の人生は、アロハ・スピリッツの伝道師として過ごすことになったというわけです。 |
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| アロハ: | ワイキキの再開発はあまりにも規模が大きいために、ハワイらしさが失われてしまうのではないかと心配する日本のハワイファンもいるのですが。 |
| ピーター: | それは私たちの最大の関心事でもありますね。新規開発や再開発プロジェクトにおいて、伝統的なハワイらしさを失わないように、プランニングの段階からコンサルティングをしていくのも私たちの活動内容のひとつなのです。観光客やローカル住民が心地よく楽しめる最新施設を作ることと、ハワイらしさを後世に受け継いでいくことは、きっと両立できると信じています。 |
| アロハ: | 「ゲスト、ホスト、場所」の3つの要素をバランス良く考えることが、ハワイの観光産業にとって重要だとおっしゃっていますね。 |
| ピーター: | 観光客の皆さんの満足は、あくまでもハワイがハワイらしい環境を保ててこそ。行き過ぎた開発で自然が失われたり、インフラの整わない施設をそのまま放っておいたり、ホストであるローカル住民の生活条件が悪くなれば、結果、それは観光客の満足度に反映されていきますよね。3者間にバランスの良い関係が生まれることが、持続する観光産業の活動においては何よりも重要なのです。 |
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| エンターテインメントから観光業、そして政治、文化、教育に至るまで、ありとあらゆる分野で活躍してきたピーター・アポ氏は、ハワイでは知る人ぞ知る有名人。穏やかなトーンで語られる言葉の深みに感動し、もっとたくさんハワイの価値観についてお話をうかがいたくなりました。 |
| ※アロハストリート2007年春号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年 8月 1日 |
インタビュー「クラレンス・リー」
2007年4月18日 16:41 | 2006年冬号 インタビュー
| 「イメージ」が語るハワイの文化と生活 クラレンス・リー -Clarence Lee- インタビュー |
| ファーストフードのパッケージから、大企業のロゴ、高級リゾートの優雅なロビーまで、 リー氏の作品はハワイの至るところにある。中国系アメリカ人としてのアイデンティティを表現した 十二支のアートは、アメリカ郵便局の特別記念切手にもなり、12年間かけて売り出されている。 そして2006年、常に走り続けた最前線から、リー氏は引退を表明した。 |
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| リーさんのデザインがハワイ中にあふれているのは知ってはいても、実際にオフィスにうかがった際、「あれも?これも? それも!」と、驚くほどたくさんの「リー作品」の中で暮らしていたことを実感しました。そして穏やかなリーさんのお話の中には、私たちが毎日覚えていたい、たくさんの教訓があり、何度も大きくうなずいていました。そのヒントを、この記事の中で探してみてくださいね! |
| ※アロハストリート2006年冬号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年 4月 18日 |
「ナイノア・トンプソン」インタビュー
2007年4月 4日 16:51 | 2006年冬号 インタビュー
| 古代の英知とマナ(魂)の学びは途絶えることなく繰り返される ナイノア・トンプソン -Nainoa Thompson- インタビュー |
| 遠い昔、まだ海図や計器も何もなかった頃、ポリネシアからハワイに移り住んだ先祖たちが、太陽、星、風、鳥の様子などから進路を定め、遠く離れた島へと旅したことを証明するために、当時と同じスタイルで建造された古代式カヌー「ホクレア号」。自然だけを頼りに航海を進めていくというこの「ホクレア号」が、2007年1月、ついに日本へと旅立ちました。もちろん今回の航海も、最新テクノロジーは一切使わず、ホクレア号の初航海時から参加したナイノア・トンプソン氏が受け継いだ、スター・ナビゲーションと呼ばれる高度な古代ポリネシアの伝統的な航海術だけを頼りに、旅を続けています。 アロハストリートでは、航海出発直前のナイノア・トンプソン氏にインタビューを行い、この航海やホクレア号に対する特別な思いなどをお聞きしました。 |
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| 感謝と伝承の輪を完成させる旅へ |
| アロハスト | リート(以下アロハ): ホクレア号はすでに30年以上の航海の歴史を作ってきましたが、いよいよ次はミクロネシア、そして日本、という新しい航路に行かれるのですね。 |
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| その航海術は、選ばれた人だけに口頭で継承されるハワイのフナ(秘術)のようなものだったにも関わらず、そのすべてを誠心誠意20年もの歳月をかけて伝授してくれました。彼の存在と協力がなかったら、ホクレア号が証明した古代ポリネシア人の移住の軌跡も、ハワイの文化復興もなかったでしょう。しかし、今度はそのミクロネシアで、マウの航海術や遠洋航海用カヌー建造の技術が継承の危機を迎えています。マウから学んだ航海術と、カヌー製造技術を再びミクロネシアに返す必要があるのです。マウは今年74歳になり、健康状態を考えても、今しかない、と感じているのです。 | |
| アロハ: | ピアイルグ氏が教えてくれたものを再びミクロネシアに返すことで、サークルを完了させるのですね。 |
| ナイノア: | そうです。ハワイに伝承者がいなくなっていた文化を、ミクロネシアからマウがやってきて、惜しげもなくすべてを与えて復活させてくれました。そして、今度はマウに教えられたすべてを、私たちがミクロネシアに返す番なのです。今度の航海では、ホクレア号とともに、マウのために建造した「マイス」というカヌーが海を渡ります。その航海には、ミクロネシアの若者を参加させ、ナビゲーターとして育てます。これからはホクレアとマイスが、スター・ナビゲーションの学校となるのです。ハワイを助けたマウの島にお返しすることで、学びと感謝のサークル(輪)が完了するのです。これは私にとっても、ホクレア号から多くを学んだすべての人にとっても重要なことなのです。 |
| 日本文化という大きな影響 |
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| これも個人的なことになってしまいますが、日本は私にとっても大切な場所なのです。私は今も住んでいるこの場所で生まれて育ちました。ここは私の祖父の時代にハワイ王朝から譲り受けた土地ですが、昔は酪農をやっていて、敷地内には家族の住居のほかに、日本人移民のヨシオ・カワノさんとミヨコさんの夫婦が住む家もありました。私たち兄弟姉妹は忙しい両親に代わってカワノ夫婦に育てられたと言ってもいいほどで、ヨシオの家にいくとそこにはまさに日本があったのです。また、海は私の人生そのものですが、ハワイの海のすべてを教えてくれたのはヨシオだったんです。夜通し働いて帰ってきてもヨシオは毎朝私を海に連れて行ってくれ、釣りをしながら、海を愛すること、そして「海を感じる」ということを教えてくれたのです。これはナビゲーターになったときに本当に役立ちました。「今、自分は海のどこにいて、海から何を感じるか」、これは子どもの頃にヨシオに教えられ、体で学んだことだったのです。 |
| アロハ: | ヨシオさんの祖国への旅も、感謝を返すサークルの一部なのですね。 |
| ナイノア: | そう思います。ホクレア号で日本へ行く計画自体は十数年前から父のアイデアとしてあったのですが、ハワイの文化に大きな影響を与えた日本に、今度はハワイ文化の基礎である「アロハスピリット(友愛の精神)」を持って感謝を返したいと願っています。今、ハワイの日系人は、すでに5世の時代に入っていますが、日本の血を引くハワイの人の多くは「自分のルーツ」への深い想いと尊敬があります。その気持ちを代表して、日本から移民を乗せた船がハワイに向けて出港した港をたどっていこうと計画しています。 できれば、人生最初の師だったヨシオの故郷に行きたいのですが、残念ながら彼がどこから移民してきたのかの資料がありません。でも今回寄港する港のどこかから、ヨシオはハワイに向かったのでしょうね。沖縄はもちろん、福岡などハワイと姉妹都市や友好都市になっている場所もありますし、えひめ丸ゆかりの愛媛にもうかがうつもりです。えひめ丸事故の後、事故現場に遺族をお連れしたのもホクレア号だったのです。 |
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| ※アロハストリート2006年冬号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年 4月 4日 |
スペシャル・インタビュー「リンダ・リングル州知事」
2007年1月24日 17:06 | 2006年秋号 インタビュー
| ハワイの文化と魅力を世界にアピールする Governor Linda Lingle/ リンダ・リングル ハワイ州知事 インタビュー |
| ハワイ初の女性州知事として、就任以降は全米でも類を見ないユニークな文化と経済、自然環境を持つハワイ州を、新しい視点と古きを重んじる心でリード。州知事としてひとりの人間として、自らが率先してアロハスピリットを世界に向けてアピールする、力強くもやさしさに溢れたリンダ・リングル氏の単独インタビューをお届けします。 |
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| アロハ: | 近年、私たち日本人にとって、ハワイは単なる南の島のリゾートではなく、伝統文化の宝庫という意味で、ますます惹かれる場所になっています。 |
| 州知事: | 日本の方々は伝統文化や歴史をとても重んじてくださいますね。ハワイ島で行われているフラの祭典「メリー・モナーク・フェスティバル」を観戦にいらっしゃる日本人旅行者も驚くほど増えています。そして心からフラという伝統文化の真髄に触れようとしてくださっている姿には感動いたします。アメリカ本土では、数年前から「グラミー賞」の新部門に「ハワイアン・ミュージック部門」が新設されたことによって、ハワイの音楽文化が注目されるようになってきました。まさに本物のハワイ文化を世界にご紹介することのできる時期が来た、というところです。 |
| アロハ: | ハワイには旅行者に「初めて来たのに懐かしい」と思わせる不思議な魅力もありますね。 |
| 州知事: | ハワイ独特の多人種文化がそうさせているのでしょう。この島の文化や生活習慣は、世界中からの移民たちの祖先が創り上げてきたものです。日本移民史、韓国移民史はすでに移民100年祭の大きな節目を迎えていますし、2006年にはフィリピン移民史が100年祭を迎えました。アメリカではあっても、日本をはじめ、さまざまな国の文化、風習が残っていますから、世界からの旅行者が「懐かしい」と感じる何かを生むのでしょうね。今のハワイの基礎を作り上げた移民文化はハワイ州に大きな軌跡を残しているのです。 |
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| アロハ: | 近年のホノルル空港はどんどん使いやすくなっていると実感しています。国際線で到着して、入国審査の窓口の行列に延々と並ぶのが、楽園ハワイに入るまでの難関だった時代もあります(笑)。でも、今では本当にスムーズに進むので旅行者の皆さんにとっても、とても楽になったと思います。 |
| 州知事: | ありがとうございます! それはうれしいコメントです。訪問者という立場からの生の声は貴重です。「こう変わってよかった」「この点が改善された」というご意見やご報告は「こうして欲しい」というリクエストにきちんとお応えできたということですから、心からホッとしますね。 |
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| インタビューの記念に、アロハストリートが始めたネイチャー・プロジェクトの基金商品である「アロハカレンダー」をプレゼントさせていただきました。リングル州知事は、ネイチャー・プロジェクトのコンセプトを聞いて「日本向けの情報メディアがこうした活動を始めていることを知って感激です。是非、ハワイ州としてもその一環に加わりたい」と言ってくださり、私たちも思わず感激!自分の言葉でしっかりと話しながらも相手への心遣いに満ち溢れたやさしい態度に、「アロハスピリットを率先して実行するリーダー」を感じました。 |
| ※アロハストリート2006年秋号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年1月 24日 |
「ブラザーズ・カジメロ」インタビュー
2006年10月18日 17:16 | 2006年夏号 インタビュー
| ふたりのハーモニーが生み出すハワイアン・ミュージックの最高峰 「ブラザーズ・カジメロ」インタビュー |
| 兄のロバート(右)はインタビューの時間通りに現れ、レコード会社のオフィスでそわそわ。 15分後に現れた弟のローランドは人懐っこい子犬のようで、 「ごめん、レインボー・ドライブインで朝飯とシェイブ・アイス食べて来ちゃったよ!」と高笑い。 このふたりだからこそ、あのブラザーズ・カジメロのやさしいサウンドが生まれるのである。 |
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| アロハ: | 約30年以上に渡って、コンテンポラリー・ハワイアンのリーダーとして活躍されてきたおふたりですが、すでに30枚以上の作品をリリースし、新作も昨年発表されるなど、常にトップの座をキープされていますよね。 |
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| アロハ: | 一言でハワイアン・ミュージックといってもこの30年で随分変わったのではないでしょうか? |
| ロバート: | それは確かにそうですね。今は世界中の様々な音楽が自由にハワイに入ってきて、しかもコンピューターなどでもアクセスしやすくなったので、色んな意味でハワイの音楽にほかの要素が混じるようになってきてます。いいとも悪いとも言えませんが、とにかく変わってしまったことは確かです。 |
| ローランド: |
僕も当時からロックンロール好きだったから、ヘビメタとかジミヘンにはまっていたけど、兄と一緒に音楽を作り、演奏するときの快感は、ロックンロールにも見いだせない特別なものなんだ。兄はとにかく才能があって、僕は常にインスパイアされてきた。彼なくしてハワイアン・ミュージックに革命はおこらなかったとも思うよ。長年一緒にこうしてやってこれたことはまさにマジック。お互いソロでも充分やれていたと思うんだ。でもふたりだとパワーが倍増して、信じられないほどの感動が生まれる。こうして一緒にやれることをカフナに感謝しているよ。 |
| ロバート: | アルバムの曲選びなどで、もめることもありますが、でもそれは、いいものを作り出す為のプロセスですから…。 |
| アロハ: | ロバートはクムフラとしても30年以上活躍されていますが、フラで最も大切なことはなんでしょう? |
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| アロハ: | 例えば、フラダンサーは耳にプルメリアなど花を飾って踊るものと思っている人もいるようなんですが、ハワイのフラダンサーは、花を髪の毛に飾ることは少ないですしね。フラが広まっていくのは、いいことだと思いますが、教える側としては時々、ハワイの文化がきちんと伝承されるか心配なのも事実です。 |
| アロハ: | アルバム「Some Call It Aloha...Don't Tell」を昨年6年ぶりにリリースしたばかりなので、新作はまだ先の話になりそうでしょうか? |
| ロバート: | 毎年恒例のクリスマス・アルバムは今年もリリース予定ですが、アルバムは2、3年は作る予定はありませんね。 |
| ローランド: | 前回のアルバムは自分たちも大満足だったんだ。だから、思う存分ライブとかで演奏をしてからでないと、次を作るのがもったいなくてね(笑)。 |
| アロハ: | 最後に読者へのメッセージをいただけますか? |
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| ここまでキャラの違う兄弟も珍しいので、しゃべり口調もわざと変えてみました(笑)。弟のローランドはいつも陽気で冗談ばかりのやさしいロコボーイ、そして兄のローランドは、日頃から環境汚染や破壊に心を痛める繊細な天才肌。ハワイアン・ミュージックのレジェンド的存在にも関わらず、カジメロ一家のバーベキューにふらっとおじゃましたような気分にさせてくれたインタビューでした。「ブラザーズ・カジメロ」は、アロハスピリットの代名詞ですね。 |
| ※アロハストリート2006年夏号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2006年 10月 18日 |