日系人の贈物、ワイキキのカラカウア王像

日系人の贈物、ワイキキのカラカウア王像

ハワイの歴史・文化に詳しいライター・森出じゅんさんのコラム第32回。今回はワイキキの西端に建つカラカウア王像についてのお話です。

公開日:2023.03.30

森出じゅんのハワイ歴史&神話散歩

日系移民100周年を記念して
銅像が建てられたそのわけは?

Aloha! ホノルル在住の森出じゅんです。

ハワイ文化に焦点を当て、ちょっと意外なハワイの横顔を紹介するこのコラム、今回は、ワイキキのカラカウア王像がテーマ。ワイキキの西端に建つ威風堂々としたこの銅像、実は日本と深い関係があるのをご存知でしょうか? なんと銅像は、日本からハワイへの移民100周年を記念して建てられたものなのです。

「なぜ日本からの移民の記念にカラカウア王の銅像が建てられるの?」。ここまで読み、そんな疑問が頭をよぎった方も多いかもしれませんね。実のところハワイ王国7代目君主のカラカウア王と日系移民の関係は深く、カラカウア王はハワイで「日系移民の父」と仰がれている人。以下、その理由を説明していきましょう。

ワイキキ・ゲートウェイパーク(またはキング・カラカウアパーク)に建つカラカウア王像

官約移民100年祭と
カラカウア王像

時は1881年。初めて日本からハワイに政府公認の移民(官約移民。詳しくは後述します)がやってきた1885年から、さらに4年前のことです。カラカウア王はサンフランシスコ港を起点に世界一周の旅に出かけ、まず日本を訪問しました。

カラカウア王(Photo Courtesy of Hawaii State Archives)

史上初めて世界を一周した君主として知られるカラカウア王ですが、その旅の目的の一つに、人手不足が深刻化していたハワイ各島のサトウキビ畑への労働力の確保がありました。カラカウア王は各国で移民を要請し、その申し出を明治天皇が受け入れ、4年後にハワイへの移民がスタートしたのでした。

ちなみに日本からハワイへは1868年(明治元年)にも小規模の移民がありましたが、それは日本政府公認ではなく、非公式の移民。その時に海を渡った150人が「元年者」と呼ばれるのに対し、日本とハワイ間の正式な条約に基づきハワイに渡った移民は、一般に「官約移民」と呼ばれます。

日本でのカラカウア王。カラカウア王の右隣は東伏見宮嘉彰親王(Photo Courtesy of Hawaii State Archives)

官約移民はハワイ王国崩壊後の1894年まで続き、その間ハワイにやって来た日本人は約3万人。1894年以降も官約移民から自由移民などと呼称を変えながら移民の波は続き、最終的に約22万人がハワイにやって来ることとなりました。カラカウア王が「日系移民の父」と仰がれる由縁です。

そんな背景から、官約移民100年祭が催された1995年、100年祭運営委員会がカラカウア王像を建立することに。つまり銅像は、日系移民からカラカウア王への感謝の印として贈られたものというわけです。

 

銅像はカラカウア王に対する
「感謝とアロハのシンボル」

銅像は10万ドルをかけ、ハワイアン彫刻家のショーン・ブラウンが作成。立派な顎ひげをたくわえ、生前のカラカウア王によく似た堂々たる銅像には、細部まで工夫が凝らされています。まずカラカウア王が手にしているのは、明治天皇との間に交わした移民に関する契約書。そして台座の正面には、イニシャルのKを2つ組み合わせたカラカウア王のモノグラム(シンボル)も飾られています。

正面をじっくり見た後は、ぜひ銅像の後ろ側に回ってみましょう。背面にはカラカウア王と日本の関係、官約移民100年祭委員会が銅像を建てた経緯などが日英両語で刻まれています。しかも碑文の最後には、次のような感動的な一文が。

「…現在、日本人移民の子孫である日系アメリカ市民はあらゆる分野において成功繁栄している。カラカウア王は『日本人移民の父』として日系社会では崇められている。この銅像は日系人の先祖をハワイに移民として招待したカラカウア王に対する感謝とアロハのシンボルである」

銅像背後にはカラカウア王も会員になっていたヨーロッパ発祥の友愛結社、フリーメイソンのハワイ支部から贈られた銘板も

実際、ハワイにおける日系人の存在感は、それは大きいもの。今ではハワイ州民の23%が日本人の血を引くとのデータがあり、政界・財界でも要職を占めています。たとえばホノルルの空港の名にも冠されているダニエル・イノウエ氏は、1959年、日系人として全米で初めて連邦議員(ハワイ州選出)になった人。またハワイ3代目州知事のジョージ・アリヨシ氏(任期1974年~1986年)は、全米初の日系州知事でした。

周知のように日系アメリカ市民は全米に散らばっていますが、ハワイほど日系人の存在感が大きな州は他にありません。それも、元はハワイ王国時代、カラカウア王が明治天皇に直談判して始まった移民制度のお陰なのですね。

つまりは19世紀のハワイ王国と現代ハワイの日系社会&日本を結びつけ、カラカウア王への敬意&謝意の象徴として建てられたのがこの銅像ということになります。そんなわけで、ワイキキの中心部からはやや離れていますが、日本からの訪問客にもぜひ見学していただきたいスポットがこちら。訪れる際は、銅像の背面もじっくり観察してみてくださいね。

 


 

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森出じゅん/JUN MORIDE プロフィール

オアフ島ホノルル在住。横浜出身。青山学院大学法学部卒業後、新聞・雑誌・広告のライターとして活動。1990年、ハワイ移住。フリーランスのジャーナリストとして活動するかたわら、ハワイの文化や歴史、神話・伝説、民間伝承を研究中。単に「美しいハワイ」にとどまらないハワイの奥深い魅力、真の姿を日本に発信すべく、執筆を続ける。2012年からハワイ州観光局の文化啓蒙プログラム「アロハプログラム」講師。著書に「ミステリアスハワイ」(ソニーマガジンズ刊)、「ハワイの不思議なお話」(文踊社刊)、「やさしくひも解くハワイ神話」(フィルムアート社)、「Hawaii 神秘の物語と楽園の絶景ーハワイの人々が愛する100の神話」(パイインターナショナル刊)がある。

☆ブログ「森出じゅんのハワイ生活」>>

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