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第60回 癒しの石

2008年11月13日 | オアフ島 

「ホノルル点描」画:西川幸夫 文章:イースト・ウエスト・ジャーナル永井雄治、榊原百合惠

第60回 タヒチの祈祷師が残したと言い伝えがある「癒しの石」

60.jpg
カラカウア大通りのハイアットリージェンシーホテルの海側、クヒオ海岸のワイキキ交番の側に巨大な石が4つある。

言い伝えによると、この巨石は、15世紀頃タヒチから来た、カパエマフ、カプニ、カハロア、キノヒの4人のカフナ(祈祷師)の指示によって置かれたと言われている。

4人のカフナには、癒す力があるといわれ、祈祷で病気を治したり、癒しの術をハワイの人に伝授していた。暫くしてカフナたちはタヒチに帰ることになったが、ハワイの住民は、4人に「帰らないで下さい」と懇願した。

カフナたちは、「それなら我々4人を象徴する大きな石をここに運んで来て下さい。その石に癒しの力を念じ込めましょう」と応えた。それを聞いた住民たちは、ワイキキから3キロ程離れたカイムキのワイアラエ通りにあった巨石を一夜にして人の手だけでワイキキまで運んだと言われている。推定8トンもある巨石を当時沼地だったワイキキにどのように運んだかは、未だに謎に包まれている。

当初、4個の石の内、2つの石は、カフナの家のあった場所に置かれ、2つの石は、彼らの水浴び場所に置かれた。4人は、おのおのが自分を象徴する石を選び、自分の石に癒しの力を念じ込めた。その後盛大な奉納儀式が行われ、カフナたちはハワイを去った。

1901年、モアナサーフライダーホテル建設の際、巨石はホテルの前に移動された。その後、巨石はボーリング場の土台にされたが、1960年代にボーリング場を解体した際に再び陽の目を浴びた。

その後、巨石はワイキキを訪れる人の荷物置き場や食事のテーブルなどとして利用されていたが、地元住民から神聖な石を守る声が持ち上がり、1997年に75,000ドルを投じて、巨石の回りに柵が建設された。

現在、石に直接手を触れることは出来ないが、カフナの癒しの力を信じる人たちが後を絶たず、ハワイアンにとって神聖な場所としてあがめられている。




西川幸夫 プロフィール

1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。