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第52回 カメハメハ大王像

2008年09月18日 | オアフ島 ハワイで暮らす 

「ホノルル点描」画:西川幸夫 文章:イースト・ウエスト・ジャーナル永井雄治、榊原百合惠

第52回 米国切手の図柄にもなった「カメハメハ大王像」

52.jpg
南キング通りのイオラニ宮殿の向い、アリイイオラニ・ハレの前にあるカメハメハ大王像は、デイビッド・カラカウア王が1883年に建立した。

カメハメハ大王は、1756年、ハワイ島コハラ地区のカパアウで生まれ、1795年にカウアイ島とニイハウ島を除くハワイ諸島を統一した。ハワイ史上最も武勇に長けた王として知られ、1819年に没するまで、ハワイ王国民の仰望を集めた。

カラカウア王は、カメハメハ大王の栄誉を讃え、1878年に、ボストン出身でイタリア在住の彫刻家、トーマス・ゴウルドを銅像の作者に指定し、友人でハワイアンの血を引くジョン・ベーカーを銅像のモデルに選んだ。

ゴウルドは、創った原型像をフランスのパリに送り鋳造を依頼し、完成した銅像はパリからハワイに輸送された。しかし、アルゼンチン沖のフォークランド諸島付近で船が沈没し、銅像は海に沈んでしまった。

それを知ったカラカウア王は、銅像にかけられた保険金で、新たな銅像の制作を委託し、1883年に現在の場所に建立した。

銅像は、大王の象徴であるマヒオレというヘルメット、マント、飾り帯を身に付け、左手には槍を持ち、右手はアロハを象徴するジェスチャーをしている。このカメハメハ大王像は、1937年に発行された米国三セント切手の図柄になった。

永久に日の目を見ることが無いと思われた初めの銅像は、実はイギリス船の船長が海底から引き上げていた。カラカウア王は、その銅像を買い取り、痛んだ所を修理してから、カパアウの裁判所の前に1912年に建立した。また、カメハメハ大王像のレプリカは、米国国会議事堂にもあり、合計三体の銅像がある。

カメハメハ五世は、カメハメハ大王の栄誉を讃え、1871年に、6月11日をカメハメハ・デーと制定した。毎年カメハメハ・デーには、大王に因んだパレードが行なわれるほか、体長約3メートルのカメハメハ大王像に6メートル程の長いレイがかけられる。また、5月1日のレイ・デーにも同様の長いレイが銅像にかけられる。

2005年のカメハメハ・デーには、銅像の台座の四方に、カメハメハ大王を讃えるレリーフの飾り板が取り付けられた。



西川幸夫 プロフィール

1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。