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第46回 マキキ日本人墓地

2008年08月11日 | アート オアフ島 ハワイで暮らす 

「ホノルル点描」画:西川幸夫 文章:イースト・ウエスト・ジャーナル永井雄治、榊原百合惠

第46回 日本人の先覚者たちが眠る「マキキ日本人墓地」

46.jpg

ペンサコーラ通りとワイルダー通りの角にあるマキキ墓地内の日本人墓地は、1900年代の初めに、ホノルル在留日本人の募金により、先覚者の霊を慰めるために建造された。

日本人墓地には、ハワイ移住の先鋒となり、明治から大正、昭和にかけて亡くなった人の墓があり、ハワイの日本人移民の縮図ともいえ、「ハワイ明治会」の会員らが中心となり、奉仕活動として墓地の清掃をしているため整然と護持されている。

敷地内には、「明治元年渡航者之碑」、「三界万霊碑」、「日本海軍軍人鎮魂碑」、「ハワイ日本人移民慰霊碑」など、先覚者の霊を慰める碑が建立されている。

マキキ日本人墓地は、海外に初めて出来た日本海軍墓地でもあり、明治9年、日本海軍創設当時の帝国海軍軍艦初代筑波二等若水夫の荒川又十朗ほか、明治32年までの没者16柱の英霊が埋葬されている。

先駆者に敬意を表し、霊を慰めるため、日本や地元の有志が中心となり、「日本海軍軍人鎮魂碑」と「明治元年渡航者の碑」が建立された。

日本海軍が日本海上自衛隊となった今でも、艦隊がホノルルに寄港する際には必ずこの地を訪れ、先人の参拝や献花を行っている。

また、1885年に初めて官約移民がハワイに移住して以来、この墓地や他所に合計289柱の無縁仏があり、お詣りや掃除をする人のない無縁仏は、次第に荒廃の一途を辿るようになった。

ハワイの日系人組織であるハワイ日系人連合協会(通称連協)は、先駆者たちの墓が荒廃していくのを懸念して、連協の会員やオアフ官約移民百年祭委員会が中心となり、無縁仏を集めて寄せ墓を建立することを決め、そのために約七万ドルの募金を集めた。

高さ約四メートルの花崗岩の寄せ墓碑は、岡山県から運ばれ、官約移民がハワイに到着した101周年に当る1986年2月8日に「ハワイ日本人移民慰霊碑」が建立された。この寄せ墓碑の下には、289柱が眠り、毎年、お盆の時期には、連協の会員らが中心となり供養が行われている。


西川幸夫 プロフィール

1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。