第41回 年間約八十万人が訪れる「ダイヤモンドヘッド」
ワイキキの東側に位置するダイヤモンドヘッドは、約30万年前に起きた一度の噴火によって出来た死火山。 受皿型の噴火口は、約1.4平方キロメートル。 噴火中に風によって灰が南西部に吹き付けられたため、外輪山の南西部が最高峰になっている。
噴火後、火口の外壁が風雨や打ち寄せる波により浸食されたため現在のような形になった。 ダイヤモンドヘッドは、その独特な形状のため、1968年に国立自然史蹟に指定された。
ダイヤモンドヘッドの名前の由来は、1700年代後半、ここを訪れた西欧の探検家や商人が、噴火口壁面の岩石の中に方解石の結晶を見付け、ダイヤモンドと間違えたため、ダイヤモンドヘッドと名付けられた。
ハワイ語では「レアヒ」と言うが、ハワイの伝説で、火山の女神ペレの妹のヒイアカ が、ダイヤモンドヘッドの頂上の形が、まぐろ(アヒ)の額(レア)に似ていること から、「レアヒ」と名付けたといわれている。
ダイヤモンドヘッドの周りには高い山がなく、頂上からは沿岸がよく見渡せるため、 1904年に軍事目的のために連邦政府に買い上げられた。 1908年から、要塞の建設が始まり、最初にカパフル・トンネル(現在閉鎖中)が建設された。
その後、頂上に砲撃司令所、外輪山には砲台が5か所建設された。 この砲撃司令所と砲台は、オアフ島を外部の攻撃から守るために建設されたが、戦時中ここから一度も砲撃することはなかった。
1980年代には、年間約4万人が訪れるようになり、頂上に登るハイキング道の浸食が酷くなったため、1997年より、その一部を舗装したり、整備をしている。 現在は、年間約80万人が訪れる世界有数の名所になっている。
カイマナビーチホテルの前には、戦前、大正天皇御即位大礼記念として日本政府が寄贈した鳳凰の噴水塔があったが、戦時になり荒廃して取り壊された。 現在ある噴水は、卓越した企業家だったウォルター・デリンハム氏の妻のルイーズさんを記念して、かつての噴水跡に、1967年に建てられたもの。
西川幸夫 プロフィール
1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。