第43回 世界のリゾート・ワイキキを生んだ「アラワイ運河」
ワイキキ図書館からアラワイ・ヨットハーバーまで流れるアラワイ運河は、ワイキキがかつて ヌアヌ、パロロ、マノアの小川の水が流れ込む沼地だった頃、水はけのために建設が計画された。
ワイキキ周辺には、かつてタロ芋畑や水田があり、魚やアヒルもいたが、1900年代初頭、この一帯の沼地に蚊が大発生したため、保健衛生上の理由から沼地を干拓し、運河を建設することが決まった。
干拓工事は1921年から始まり、運河は1928年に完成した。運河の建設により、山から流れ込む川の水をワイキキ沖に流さず、アラモアナ寄りの場所に流すことで、1平方マイル弱の現在のワイキキの敷地が生まれた。
近隣の衛生のために建設されたアラワイ運河だったが、人工的に造られた川のため流れが遅く、1943年には、蚊を媒介して発生する伝染病のデング熱がワイキキで発生した。また、ホノルル都心部の排水溝の水も流れ込むため、川底にゴミなどが溜まり、バクテリアの発生も問題になり、これまでに何度も川底を浚渫している。
2006年3月には大雨が続き、下水処理場が許容量以上の下水を処理出来ず、ハネマン・ホ ノルル市長が、下水を一時アラワイ運河に流すことを許可した。このため、暫くワイキキやアラワイ・ヨットハーバーの水に入ることを禁止する事態になった。
現在もアラワイ運河の水に浸かることはよくないとしているが、カヌーの練習場としてよく利用されている。アラワイ運河沿いには、ゴルフ場、ハワイ・コンベンション・センターなどがあり、運河沿いの小径は、観光客や地元住民の散歩やジョギングの場所として利用されている。また、随所にベンチもあるため憩いの場所にもなっている。
西川幸夫 プロフィール
1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。