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第37回 マキキ聖城キリスト教会

2008年06月09日 | アート オアフ島 ハワイで暮らす 

「ホノルル点描」画:西川幸夫 文章:イースト・ウエスト・ジャーナル永井雄治、榊原百合惠

第37回 高知城をモデルにした「マキキ聖城キリスト教会」


draw-37.jpg
 ホノルル市内のほぼ中央、ペンサコーラ街と南キング街角近くに天守閣もある堂々たる日本のお城が見える。

 「実はあれはキリスト教会の建物」ですよと、初めて教えられた人は誰もが驚く。ハワイに日本のお城があることと、それが教会の建物と知って、これまでの常識をくつがえされるからだろう。このお城は1932年に、高知城をモデルにして建てられた。どうして教会の建物がお城の形をしているのか、黒田 朔(さく)牧師は次のように説明している。

「約100年前の1904年にマキキ教会を建てた奥村多喜衛牧師は、日本人の移民社会に大きな貢献をした方です。初期の移民は、低賃金と過酷な労働のためお酒や賭博で生活は荒廃を極めていたようです。奥村牧師はよりよい労働条件を獲得するためには小銭をためて日本へ帰る3年契約の出稼ぎ根性を捨て、地元に役立つ働き手となることだと二世教育の力を注ぎ、日本人幼稚園、日本語学校を始め、高等教育を受けられるようにと寄宿舎『奥村ホーム』を開きました。

 さらに、1900年、ホノルルに流行したペスト対策として日本人慈善病院開設にも貢献し、今のクアキニ病院が誕生したのです。高知城をモデルにした教会堂建設は元土佐藩藩士であった奥村牧師が苦しい移民生活を送る人々に『神はわが城なり』との聖書のメッセージを建物を通して伝え、また、お世話になっているホノルルの街に美観を添えたいとの願いの故でした。奥村牧師は日米摩擦を回避するために米化運動を展開しますが、残念ながら、戦争に突入します。開戦直後に申し入れたエモンス司令官との面談により二世部隊100大隊誕生のきっかけが出来たのです」。

 

西川幸夫 プロフィール

1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。