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第36回 アメリカ陸軍博物館

2008年06月02日 | アート オアフ島 ハワイで暮らす 

「ホノルル点描」画:西川幸夫 文章:イースト・ウエスト・ジャーナル永井雄治、榊原百合惠

第36回 かつての砲台跡に設立された「アメリカ陸軍博物館」

 
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 ワイキキのフォート・デルッシー公園の一角にある「アメリカ陸軍博物館」は、第一次世界大戦からベトナム戦争までのハワイの軍事の役割に敬意を表して一1975年に創設されたものである。

 この地の歴史は20世紀初頭にさかのぼる。1906年、真珠湾やホノルルを防衛するためにホノルル沿岸に砲台を設け、6台の12インチの大砲、4台の6インチの大砲、16台の12インチの臼砲を設置する計画が出された。

 1909年に砲台の建設が始まったが、途中で計画が変更され、ランドルフ砲台 (現在この陸軍博物館がある場所)には、2台の14インチの大砲が設置されることになり、1911年に砲台が完成。 砲弾の直撃にも耐えられる分厚いコンク リートの要塞も設置された。

 1914年、ランドルフ砲台から初めて砲弾が試射された。 陸軍はワイキキ住民に試射の予告をせずに発射させたため、近所の家ではガラスにひびが入ったり、食器などがガタガタいったりしたという。このため、その後はあまり試射されることはなかった。

 1950年6月28日、アメリカ陸軍により沿岸砲兵隊が公式に解散され、フォート・デルッシーに設置された大砲は解体して鉄くずとなり、敷地はアメリカ 陸軍レクリエーション地区となった。

 1970年代に歴史家のワレン・セスラーが中心となり、砲台のあった場所に「アメリカ陸軍博物館」創設案が持ち上がり、ワイキキの第一次世界大戦記念館から2つの大砲を譲り受け、以前の砲台に設置された。

 現在館内には、ランドルフ砲台、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争など、これまでのハワイの軍事の歴史を物語る様々な展示物が常設されている。 また、建物の前には本物のアメリカ軍の戦車と日本軍の戦車も設置されている。

 

西川幸夫 プロフィール

1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。