第33回 オアフ日本人官約移民百年祭委員会が建立した「カラカウア王銅像」
ワイキキのカラカウア大通りとクヒオ通りの角、「京やレストラン」前の三角公園(ゲートウェイ・パーク)にあるカラカウア王銅像は、1991年に「オアフ日本人官約移民百年祭委員会」により建立された。
日本人官約移民百周年に当った1985年は、各地で様々な記念行事が繰り広げられた。 このために募金が集められたが、余剰金があり、「オアフ日本人官約移民百年祭委員会」は、その活用を検討した。 日本人官約移民百周年の記念として後世に残るものとして、カラカウア王の銅像 建立や日本留学奨学金基金の設立などの候補があった。
カラカウア王は、世界一周旅行の途中、1881年に日本に立ち寄り、明治天皇に謁見した。 王は、ハワイの砂糖耕地の労働者不足を補うため、日本人のハワイ移民を懇請し、これにより約22万人の日本人がハワイに移民した。 「オアフ日本人官約移民百年祭委員会」は、カラカウア王が、日本人をハワイに招聘してくれたことにより多くの日本人がハワイに移民し、その子孫の日系アメリカ人が、現在各分野で活躍していることを踏まえて、カラカウア王への感謝の印として彼の銅像の建立を決めた。
銅像は、世界的に有名な彫刻家のイサム・ノグチに師事したハワイアン 系彫刻家のシャン・ブラウンの作品で、イタリアで創られた。 銅像は、1989年にハワイに到着したが、資金不足や建立場所の決定に難航したため、改めて寄付を募り、設計士、技術者などが無料奉仕した。
諸事遅れたため、当初予定していた11月16日のカラカウア王誕生日の除幕式に間に合わなくなり、除幕式は延期された。最初の944人の日本人官約移民は、1885年2月8日に「東京市号」でホノルル港に入港し、カラカウア王に迎えられた。 この第一回官約移民のハワイ到着日を記念して、予定より二年遅れの1991年2月8日にカラカウア王を「ハワイ日本人移民の父」と命名して称えると共に、王の銅像が設置された。
西川幸夫 プロフィール
1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。