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第25回 ワイキキの松並木

2008年03月05日 | アート オアフ島 ハワイで暮らす 

「ホノルル点描」画:西川幸夫 文章:イースト・ウエスト・ジャーナル永井雄治、榊原百合惠

第25回 ホノルルマラソンのゴール「ワイキキの松並木」

 
wkktree.jpg
 ワイキキのホノルル動物園前からニューオータニ・カイマナ・ビーチホテルあたりまでのカラカウア通りの両側に高く伸びた松並木がみられる。 この松並木は、カピオラニ公園を開発するために、その工事の一端として1890年(明治23年)に植えられたものである。 植林されて数年後と見られる古写真によると、当時は今のカラカウア通りが細い川で、堤に沿って両岸に植えられており、護岸の意味があったようだ。

 この木、松といっても日本の松と違って、非常に成長の早いシュガー・パイン、通称「メ リケン松」と呼ばれる種類のものだ。この地の他にも市内で散見できるから当時、競って植林されたのかも知れない。 この松並木の植樹を発案したのは実業家のアーチボルド・クレグホーンで、工事現場の監督は1868年(明治元年)にハワイにやって来た元年者のひとりである小沢金太郎で、実際に植樹の仕事に従ったのは1885年(明治18年)に 来航した官約移民第一回船組の人たちだったと言われている。

 なお、クレグホーンはハワイ王族のリケリケ姫と結婚、日本の皇室(東伏見宮依仁親王) とのロマンスを噂された悲劇の王女、プリンセス・カイウラニの実父に当る。 ハワイの歴史を彩る人たちの手によるこの松並木。今では毎年12月の第2日曜日に行われるホノルル・マラソンのゴール地点になっており、二万数千人のランナーがゴールインする姿を、感慨深げに見下ろしている。

西川幸夫 プロフィール

1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。