第19回 ハワイ王国の復古が宣言された「トーマス・スクエア」
ホノルル・アカデミー・オブ・アーツの向かいに大きなバニアンツリーが繁る 「トーマス・スクエア」がある。ハワイ最古の公園で、この地にはハワイの歴史的エピソードが秘められている。
1840年代初頭、ハワイ王国のイギリス領事は貿易商リチャード・チャール トンという人物であった。 チャールトンは、ハワイ王国をイギリスの領土にし、イギリス商人が太平洋の貿易を独占できるようにと、その機会を狙っていた。 ハワイ政府と土地をめぐりいさかいとなったチャールトンは、それを口実にハワイに在住するイギリス人の危機と伝え、イギリス太平洋艦隊に救援を求めた。それに応えてイギリス海軍、パウレット公爵は二十六門の大砲を搭載した帆船でハワイにやってきて、カメハメハ三世にイギリスへのハワイ王国受け渡しを要求し、占領した。 カメハメハ三世は直ちにイギリス政府とパウレットの上官、リチャード・トーマス司令官に陳情の手紙を送った。
パウレット公爵による占領は、カメハメハ三世の手紙がロンドンに届くまでの5カ月間続いた。公爵の行き過ぎた行為はイギリス政府、及びリチャード・トーマス司令官を憤慨させた。当時南アメリカのチリに配置されていたトーマス司令官は、イギリス政府の信義を守り、ハワイ王国の独立を再確立するため自らハワイへ。1843年7月31日、ハワイ王国復古が宣言され、ハワイの州国旗が再び掲げられた。カメハメハ三世のトーマス司令官に対する敬意は、その年の感謝祭に行われた有名な演説、「ウア マウ ケ エア オ カ アイナ イ カ ポノ」(島々は正義を持って維持されたり)に表されている。そして王政復古の式典が行われたその場所は、司令官の名前にちなんで「トーマス・スクエア」と呼ばれるようになった。
西川幸夫 プロフィール
1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。