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第9回世界でも稀な海水の「戦勝記念プール」

2007年10月31日 | アート オアフ島 


「ホノルル点描」画:西川幸夫 文章:イースト・ウエスト・ジャーナル永井雄治、榊原百合惠
 30有余年の歴史を誇るハワイのローカル情報誌「イースト・ウエスト・ジャーナル」に掲載された好評コラム「ホノルル点描」が、毎週ご覧いただけるようになりました。ホノルルの街のさまざまな風景を繊細なタッチで描いた印象深い1枚のスケッチに、あなたは何を思うでしょう?
第9回
世界でも稀な海水の「戦勝記念プール」

 ダイアモンドヘッドを背後に望むワイキキの東端に、第1次大戦の戦勝記念プール (世界でも稀な海水の100メートルプール)が建設されたのは、1927年のことで ある。この年に開催された全米体育協会主催の国内競技大会をこけら落としとして以降、日本・アメリカ・ハワイなどの有名な選手を迎えた数々の世界的な水上競技大会の舞台となった。

 戦前には、1936年のベルリンオリンピックで金メダルを獲得した前畑秀子らが、戦後間もない1949年には、古橋・橋爪らの日本水泳団がロスアンジェルスの日米対抗大会で偉勲を打ち立てた帰途ホノルルに立ち寄り、この戦勝記念プールで画期的な世界新記録を樹立した。

 1952年には、新東宝制作の映画『ハワイの夜』のロケーションに使用された。 『ハワイの夜』は、日本から水泳競技会のためにハワイを訪れた日本人青年と、日系人女生徒の、戦争をはさんだ悲恋を描いた作品である。 戦勝記念プールでのロケーション撮影は、数千人
もの在住日本人、日系人が参加しての大規模なものだった。

 老朽化によって1980年に閉鎖されてからすでに4半世紀が過ぎたが、「プールそのものが記念物である」と主張する人々と、莫大な予算をかけての維持修復を望まない人々の間で、未だに取り壊しか保存かの議論が行われている。


西川幸夫 プロフィール

1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。

公開日 : 2007年 10月 31日