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第8回ファーストレディ・オブ・ワイキキ 「モアナ ホテル」

2007年10月24日 | アート オアフ島 


「ホノルル点描」画:西川幸夫 文章:イースト・ウエスト・ジャーナル永井雄治、榊原百合惠
 30有余年の歴史を誇るハワイのローカル情報誌「イースト・ウエスト・ジャーナル」に掲載された好評コラム「ホノルル点描」が、毎週ご覧いただけるようになりました。ホノルルの街のさまざまな風景を繊細なタッチで描いた印象深い1枚のスケッチに、あなたは何を思うでしょう?
第8回
ファーストレディ・オブ・ワイキキ「モアナ ホテル」
 ワイキキにおける第1号のリゾートホテル「モアナ ホテル」は、1901年3月1日の開業。 すでに100年を越えるが、今もカラカウア通り中央にひときわその優美な姿を誇っている。

 このホテルの建築様式は、「ハワイアン・コロニアル・スタイル」と呼ばれるもので、開業当初は木造5階建て、客室数75の本館のみであった。 1918年に鉄筋コンク リート造り6階建てのウィング棟を加え、客室数も226となり、現在のH形の建物となった。 その後幾度となく増築・改築が行われ、当初の容貌を全く変えてしまっていた。

 このホテルを国際興業が取得したのは1963年のこと。それから25年後の1988年に内外装・構造体・設備機器の劣化及び法規の変更に伴う防災の不備など改善すべき時だとして、約5千万ドルの巨費を投じて復元大改装工事に着手した。工事を担当したのは、東急建設と同社のハワイ法人パンパシフィック・コンストラクション・インク。

 工事を担当した宇佐見 博氏のモアナ ホテルの歴史的修復工事レポートは次のように記されている。


● 改修工事に先立ち
 改修計画に先立ち、3年にわたって既存建物の事前調査を行った。内外装の復元にあたり、ディテールがどの程度再使用可能なのか、構造体の劣化がどの程度進んでいるのか、設備機器は全面交換しなくてはならないのか、防災設備は整っているのか、スタッフによる入念な調査・検討がなされた。

その結果、
* 窓枠・手すりなどの装飾は、原形が取りはずされている部分が多く、完全な復元は困難であるが古い写真などから推測することによりある程度の復元は可能である。
* 天井などの装飾は、現存している部分が多く、修復することにより、復元は可能である。
* 1階ロビー付近の柱・梁は、構造上補強する必要がある。
* 客室数の割にエレベータが少なく、増設および高速化が必要である。
* 空気調和設備の機能劣化が目立ち、全面的な工事のやり直しが必要である。
* 現行の法規にあった防災設備を完備しなければならない。
* 空気調和・防災設備の変更に伴う電気設備の追加が必要である。
などが明らかになった。

 事前調査の結果、再使用可能な部分はできるだけオリジナルを使用して復元するという大前提のもとで改修計画を進めることにした。 さらに、デザイン的にモアナ ホテルの両側に位置する国際興業所有のサーフライダー・ホテルとオーシャン・ラナイ・ホテルの一体化を図ることにした。具体的には、ロビー機能をモアナ ホテルに置き、設備機器をサーフライダー・ホテルに据え付ける等で、3ホテルが統一された調和を持つようにした。

● 外装工事について
外壁:
 基本的には外壁のデザインを建築的に変更することは許されず、窓の大きさ・位置はオリジナルに忠実なものであることが必要条件であったので、サッシ(木製)や外壁(小巾板下見張りまたはプラスター)も既存のものを全面修理再塗装することとした。

車寄せ:
 オリジナルの車寄せは、建物全体を重厚に見せるハワイアン・コロニアル・スタイルの堂々たる構えであったが、改修前にはテントを用いたオーニングタイプとなっていた。ほかの部位ではある程度残っていたオリジナルのディテールもこの車寄せにおいては皆無に近く、写真を手がかりに復元するしかなかった。 写真といっても全景写真が現存する程度であり、詳細な部分は推測の域を脱することができなかったが、スタッフの「虫メガネ」をのぞくような作業の結果オリジナルの風格を持った素晴らしい車寄せが復元された。

玄関ポーチ:
 玄関ポーチも車寄せ同様、大きく様変わりをしていた。 アーチ・欄干は取り払われ、1世紀の間にホテル前面を覆うように成長して来た植栽により光は遮られ、うす暗い空間になっていた。アーチ、欄干を復元し、植栽も開業当初の高さにそろえることによりオリジナルの開放的空間を復活させることができた。

バニヤンコートヤード:
 かつてホノルルの社交の場として、パーティなどに利用されていたバニヤンコートヤード は、バニヤンの木が中央に位置し、海を見渡すことのできるワイキキ・ビーチのオアシスともいうべき場所で、多くの人々が集まって来た。このオアシスもバニヤンの木やそのほかの自然を遮断するように張りめぐらされたテントに覆われ宿泊客の求める憩いの場所というよりは、ナイトショーなどの会場として利用されていた。そのテントを取り払い、プールを新設し、ビーチ・バーを改造し、床にはヒマラヤ産の石を割り付けるという全面改修を行うとともにロビーからベランダに通じる空間に連続性を持たせるようにし、その名にふさわしい快適なオアシスが復活した。

マカイテラス:
 マカイテラスは、バニヤンコートヤードに付設された海を見渡せる快適なテラスであったが、 ほかと同様に昔の優雅な雰囲気をとどめていなかった。 欄干を修復し、床を修繕することにより、前記のバニヤンコートヤードと連続した快適なテラスとして復元させることができた。

屋根:
 本館が木造で、ウィング棟が鉄筋コンクリート造となっているため、屋根のジョイント部分に劣化が目立った。そのため、オリジナルを復元するというよりも新しく屋根をかけ直すことにし、とくに、本館とウィング棟のジョイント部分の納まりを吟味することにした。

その他:
 そのほか、カラカウア通りから見える外観は、その窓枠・欄干等の装飾のほとんどが原形をとどめておらず、車寄せ同様、写真による照合作業により復元を行なった。

● 内装工事について
ロビー:
 サービス・カウンターの増設などにより、ロビー・スペースは手狭になっており、中央の吹き抜けをより魅力的なものに見せるためにも、全面的な見直しが必要であった。 まず、ロビーでのエレベータ待ち時間を短縮するためエレベータを一基増設し、ロビーをより広く使用できるようにフロント・デスクをダイヤモンドヘッド側に移すことにした。

客室:
 オリジナルである本館の客室は、当時のホテルライフを反映し、長期滞在の宿泊客を対象に比較的ゆったりしたつくりになっていた。 しかし、ヨーロッパの古いホテルがそうであるように、バスルームが小さいなど、リゾートホテル向きとはいいがたかった。 また、ウィング棟の客室は、今日のシティホテルに見られるように部屋・バスルームともにコンパクトなつくりとなっていた。ホテルのグレードを上げるために、客室の面積を大きく取ることとし、今まで四部屋とっていたスペースを三部屋にするなどレイアウトを見直した。

コロニアル様式の装飾:
 ホテル内各所に見られた芸術品ともいえるコロニアル様式の装飾の復元にあたっては、オリジナルが石こうで造られていることもあり、そのまま復元することが非常に困難であるとの判断から、東南アジアから手彫り製品を輸入して対応することにした。

 翌年の1989年3月29日、大改装工事完成のセレモニーが盛大に開かれた。本紙4月15日号は次のように伝えている。

 この日午後3時半から、往時の姿に復元されたエレガントな車寄せにおいて、日本からかけつけた同ホテル・オーナーの国際興業(株)小佐野政邦社長、前社長の故小佐野賢治氏夫人、そして3月1日に国際興業の現地法人・京やカンパニーの代表取締役・副社長に就任したスタ ンレー高橋氏、パトリック・ベンジャミン・シェラトン・コーポレーション上席副社長、ケビン・ロイド・モロイ同ホテル総支配人、ワイヘエ州知事、ファシ・ホノルル市長夫人を始め取り引き関係者400名が出席、牧師のブレッシングとマイレ・カットが行われた。

 そのあと、海側の美しく改装された大バニヤンの木があるテラスに移り式典は続けられた。挨拶に立った小佐野社長は、「建設されて90年、多くの著名な方々を迎えた輝かしい歴史を持つモアナ ホテルは、既に老朽化して満足なサービスは出来ず、保安上の問題もあって建て替えをしたかったのです。しかし、連邦政府の歴史的建築物指定があり、近代的なビル建設は不可能ということで、重役会議でも閉鎖の意見もありました。

 しかし私は、国際興業が1963年からハワイでホテル業を始めてから今日まで、州当局、州民の皆様から頂いた温かいご支援、ご協力に対する感謝の意を込め、5千万ドルを投資して、建設当時の姿に復元、内部を近代的に改築する大工事を決意しました。今日、ワイヘエ州知事始め各界の方を迎え、そのオープニングを行えたことを感謝しております。また施工のパン・ パシフィック建設会社及び関係各位のご努力にも感謝しております。今後ともこのハワイの大切な自然と伝統と文化を守り、秩序ある経営を行っていきたいと思っています」 と挨拶した。

 なお、この完成と同時に、隣りのサーフライダー・ホテルと一体となり、名称を『シェラトン・ モアナ・サーフライダー・ホテル』に改められた。
(編集部注:現在の名称は『モアナ・サーフライダー・ウェスティン・リゾート』 です。)

西川幸夫 プロフィール

1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。

公開日 : 2007年 10月 24日