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第8回ファーストレディ・オブ・ワイキキ 「モアナ ホテル」
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| 30有余年の歴史を誇るハワイのローカル情報誌「イースト・ウエスト・ジャーナル」に掲載された好評コラム「ホノルル点描」が、毎週ご覧いただけるようになりました。ホノルルの街のさまざまな風景を繊細なタッチで描いた印象深い1枚のスケッチに、あなたは何を思うでしょう? | ||||
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| ワイキキにおける第1号のリゾートホテル「モアナ ホテル」は、1901年3月1日の開業。 すでに100年を越えるが、今もカラカウア通り中央にひときわその優美な姿を誇っている。
このホテルの建築様式は、「ハワイアン・コロニアル・スタイル」と呼ばれるもので、開業当初は木造5階建て、客室数75の本館のみであった。 1918年に鉄筋コンク リート造り6階建てのウィング棟を加え、客室数も226となり、現在のH形の建物となった。 その後幾度となく増築・改築が行われ、当初の容貌を全く変えてしまっていた。 このホテルを国際興業が取得したのは1963年のこと。それから25年後の1988年に内外装・構造体・設備機器の劣化及び法規の変更に伴う防災の不備など改善すべき時だとして、約5千万ドルの巨費を投じて復元大改装工事に着手した。工事を担当したのは、東急建設と同社のハワイ法人パンパシフィック・コンストラクション・インク。 工事を担当した宇佐見 博氏のモアナ ホテルの歴史的修復工事レポートは次のように記されている。
その結果、 * 窓枠・手すりなどの装飾は、原形が取りはずされている部分が多く、完全な復元は困難であるが古い写真などから推測することによりある程度の復元は可能である。 * 天井などの装飾は、現存している部分が多く、修復することにより、復元は可能である。 * 1階ロビー付近の柱・梁は、構造上補強する必要がある。 * 客室数の割にエレベータが少なく、増設および高速化が必要である。 * 空気調和設備の機能劣化が目立ち、全面的な工事のやり直しが必要である。 * 現行の法規にあった防災設備を完備しなければならない。 * 空気調和・防災設備の変更に伴う電気設備の追加が必要である。 などが明らかになった。 事前調査の結果、再使用可能な部分はできるだけオリジナルを使用して復元するという大前提のもとで改修計画を進めることにした。 さらに、デザイン的にモアナ ホテルの両側に位置する国際興業所有のサーフライダー・ホテルとオーシャン・ラナイ・ホテルの一体化を図ることにした。具体的には、ロビー機能をモアナ ホテルに置き、設備機器をサーフライダー・ホテルに据え付ける等で、3ホテルが統一された調和を持つようにした。
この日午後3時半から、往時の姿に復元されたエレガントな車寄せにおいて、日本からかけつけた同ホテル・オーナーの国際興業(株)小佐野政邦社長、前社長の故小佐野賢治氏夫人、そして3月1日に国際興業の現地法人・京やカンパニーの代表取締役・副社長に就任したスタ ンレー高橋氏、パトリック・ベンジャミン・シェラトン・コーポレーション上席副社長、ケビン・ロイド・モロイ同ホテル総支配人、ワイヘエ州知事、ファシ・ホノルル市長夫人を始め取り引き関係者400名が出席、牧師のブレッシングとマイレ・カットが行われた。 そのあと、海側の美しく改装された大バニヤンの木があるテラスに移り式典は続けられた。挨拶に立った小佐野社長は、「建設されて90年、多くの著名な方々を迎えた輝かしい歴史を持つモアナ ホテルは、既に老朽化して満足なサービスは出来ず、保安上の問題もあって建て替えをしたかったのです。しかし、連邦政府の歴史的建築物指定があり、近代的なビル建設は不可能ということで、重役会議でも閉鎖の意見もありました。 しかし私は、国際興業が1963年からハワイでホテル業を始めてから今日まで、州当局、州民の皆様から頂いた温かいご支援、ご協力に対する感謝の意を込め、5千万ドルを投資して、建設当時の姿に復元、内部を近代的に改築する大工事を決意しました。今日、ワイヘエ州知事始め各界の方を迎え、そのオープニングを行えたことを感謝しております。また施工のパン・ パシフィック建設会社及び関係各位のご努力にも感謝しております。今後ともこのハワイの大切な自然と伝統と文化を守り、秩序ある経営を行っていきたいと思っています」 と挨拶した。 なお、この完成と同時に、隣りのサーフライダー・ホテルと一体となり、名称を『シェラトン・ モアナ・サーフライダー・ホテル』に改められた。 (編集部注:現在の名称は『モアナ・サーフライダー・ウェスティン・リゾート』 です。) |
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西川幸夫 プロフィール1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。 北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。 現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。 著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。 2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。 |
| 公開日 : 2007年 10月 24日 |