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第3回 モイリリ日本人墓地

2007年09月19日 | アート オアフ島 


「ホノルル点描」画:西川幸夫 文章:イースト・ウエスト・ジャーナル永井雄治、榊原百合惠
 30有余年の歴史を誇るハワイのローカル情報誌「イースト・ウエスト・ジャーナル」に掲載された好評コラム「ホノルル点描」が、毎週ご覧いただけるようになりました。ホノルルの街のさまざまな風景を繊細なタッチで描いた印象深い1枚のスケッチに、あなたは何を思うでしょう?
第3回
「モイリリ日本人墓地」
 カピオラニ大通りの東端、H1フリーウエイの手前のカイムキハイスクールの横手に、石碑が林立する墓地が見える。この地からハワイ大学にかけてのモイリリ地区はその昔、日本人町として栄えたところだ。

 マキキ墓地の日本人区画が満杯になったことから、本派本願寺ハワイ別院の今村恵猛師が、新しい墓地の建設を計画し、信者に依頼して土地の取得にあたらせた。当時この地は町はずれで米田と蓮田に囲まれた小高い所だったという。 6フィート掘って水が出ないことを確かめて衛生局の許可をとった。

 1906年に開設されて以来、日本人一世が数多く埋葬されているが、石碑は残るが大部分の木標は朽ち果ててしまっている。 そんなことから「万霊塔」や、「明治元年移民のハワイ渡航百年」の石碑が建立された。個人としてはひときわ目を引くのが「木村斎次君之碑」。 官約移民第1号の木村斎次氏の抜群の功績と日本人社会発展に大きく貢献した遺業を称えて、知友が1918年に建立したものだ。

 また、名曲「別れの磯千鳥」の作曲家・フランシス座波や、日系社会を揺るがした福永事件のマイルス福永寛の墓碑など、日系人の歴史がそこにある。南キング街とユニバーシティ角に花屋さんが何軒かあるが、かつては十数軒が並び、お盆には大変な賑わいだったそうである。

西川幸夫 プロフィール

1939年生まれ、1961~1994年、新日本製鉄に勤務。北九州や欧州の風景をスケッチ・淡彩画で製作。
北九州でスケッチ・淡彩画教室「四季彩」を主宰。郵便局の官製はがき9シリーズでもおなじみ。他に「ふるさと12景」のカレンダー画をはじめ、書籍の表紙画や挿絵を手がけその仕事は広範囲にわたる。
現在、山口新聞に「長門101景」、ハワイのローカル情報誌イースト・ウェストジャーナルに「ホノルル点描101景」、佐賀市「市報さが」に[思いでの風景]を連載中。
著書に画集「北九州101景」、画集「寅さんが旅した風景」、画集「延岡やすらぎ101景」がある。
2008年6月出版予定の画集「新北九州101景」、2009年秋出版予定の松本清張生誕100年祭 画集「清張紀行101景」(仮称)を目指し取組み中。

公開日 : 2007年 9月 19日