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アイランド・ミュージック「PALI - パリ」
2008年4月 8日 09:00 | 2007~2008年冬号 アイランド・ミュージック オアフ島/ワイキキ
PALI 「TRIBUTE」
アイランド・ミュージック「マイティ・ジェイ」
2008年2月11日 16:16 | 2007年秋号 アイランド・ミュージック オアフ島/ワイキキ
Mighty J 「Calling Out」
発売元:Daddy Records
⇒Mighty J オフィシャルサイト
アイランド・ミュージック「Keahiwai」
2007年10月17日 16:19 | 2007年夏号 アイランド・ミュージック
| アイランド・ミュージック ~話題のミュージシャンたち~ |
| Changing…ロコガールは常に進化する Keahiwai ケアヒヴァイ |
昨年11月には4枚目のアルバム「CHANGING」が発売され、これまでのアルバム同様、ヒット街道快進撃を続けている。Keahiwaiのアルバムは、リリースされるとまず地元のラジオステーションのDJたちが競って自分の番組でかけることでも知られており、Keahiwaiをハワイ滞在中のラジオで知ったという外国人ファンも多い。 「今回もリリース直後から、ラジオでのヘビー・ローテーションに恵まれました。どんどん新しいファンが増えていくので、ラジオの影響には感謝しています(レイ)」 昨年夏には日本にも待望の初上陸。1作目の「Local Girl」と3作目の「Dangerous」からのセレクト盤が日本デビュー・アルバムとして発売された。ボーナストラックに松田聖子の大ヒット曲「渚のバルコニー」が収録され、Keahiwaiサウンドで生まれかわった夏の名曲はファンに嬉しいサプライズとなった。
「昨年の日本では、ライブができたことはもちろんですが、父の生家を見ることができて感激でした! 自分のルーツに出逢った感覚! 日本という国が私にとってますます大事な場所になり、そうした経験も、今まで以上に自分という存在を音楽で表現したいという気持ちにつながっています。プロデュースにも関わるようになってきたので、音楽が無限大に好きになってきたところです(レイ)」
「ロコの若者達が毎日聞いているアイランド・ミュージックのコンピレーションが日本で発売されるのは嬉しいですね(マイ)」「アイランド・ミュージックが日本に浸透していってくれれば最高!私たちを含め、アイランド・ミュージックのアーティストたちが日本でライブを行なう機会も増えるし!(レイ)」 今後は日本でもKeahiwaiのサウンドに出会えるチャンスが期待できそうである。 |
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| ※アロハストリート2007年夏号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年 10月 17日 |
アイランド・ミュージック「ジェイク・シマブクロ」
2007年7月18日 16:27 | 2007年春号 アイランド・ミュージック
| アイランド・ミュージック ~話題のミュージシャンたち~ |
| 常にチャレンジを忘れない世界に羽ばたくロコボーイ Jake Shimabukuro ジェイク・シマブクロ |
全米だけでなく、オーストラリア・ツアーも行い、着実に世界という舞台で、その実力を開花させつつある彼。外見はここ数年でかなり変化しているが、その謙虚な姿勢と誰にでも笑顔で接するアロハな態度は、以前から全く変わらないと、彼を知る人は誰もが口をそろえて言う。 昨年チャレンジした新しいことのひとつに、大ヒットを記録した映画「フラガール」のサントラを手がけたことがあるが、ジェイクの音楽が動員数に与えた影響が大きいことは、関係者も認めるところ。聞くたびに映画のワンシーンが心に蘇る印象的な挿入歌やウクレレ・サウンドも好評で、映画はアカデミー賞外国語映画賞ノミネート候補の日本代表にも選ばれた。「音楽を頼まれた時は、自信ありげに引き受けたけど、実は内心ドキドキ(笑)。英語に訳された台本と、各シーンのクリップを見て、人物の動きに合わせた曲作りをしたけれど、ウクレレ以外のパートを作曲するのは本当に大変だったから、オーケストラの作曲法を勉強しようと決めたんだ」。
そんな彼が、今興味を持っているのは、なんと料理。ホノルルマラソン完走を目指した昨年、トレーニングだけでなく、ヘルシーな食事を心がけることで、より強く、よりピースフルな人間に変わったという。「マラソンによって本当に人生観が変わった感じ。ヨガも始めて、心がもっと落ち着いてきた。それはウクレレの演奏にも影響していると思うよ」。でも、マラソン完走直後の演奏は、アドレナリンが出てかなりハイパーだったらしいけれど、それも実はとてもジェイクらしいエピソードだったりする。 2007年は、松任谷由美のカバー曲のCDとビデオ・クリップを集めたDVDの日本発売を皮切りに、日本ツアーも実施。しかしそんな彼の次のチャレンジ・リストには「誰かの命を救うことがあるかもしれないから」と、CPR(心肺蘇生法)の資格取得が含まれている。心やさしきロコボーイの挑戦は止まらない。 |
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| ★ジェイクの弟「ブルース・シマブクロ」の新アルバム発売記念期間限定ブログはこちら! |
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| ※アロハストリート2007年春号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年 7月 18日 |
アイランドミュージック「マノア DNA」
2007年4月25日 16:39 | 2006年冬号 アイランド・ミュージック
| アイランド・ミュージック ~話題のミュージシャンたち~ |
| オハナ(家族)が作り出す美しきハーモニー Manoa DNA/マノアDNA |
名づけ親は、ロイドの妻のカーラさん。夫と息子たちのステージを、傍らでうれしそうに見守る彼女の姿が必ずライブ会場で見られるほど、4人家族は仲が良い。長男のニックは13歳でウクレレを始めるまでは「楽器といえば、学校で習う縦笛(リコーダー)しか手にしたことがなかったかも(笑)。でも父のバンド仲間が家で練習するときは、とても楽しかったのを覚えています。家の中にはいつもライブ・ミュージックがありましたね!」(ニック)。そして弟のアレックスは、2歳くらいから父がギターを弾くと、すぐにおもちゃのウクレレを持って来て真似をするようになり、見るだけでギターを覚えてしまったという。「父がギターを弾くのを真正面で見て、鏡を見るように真似したので、僕は左利きじゃないのに、ギターは左利き。その後ギターやウクレレ教室に行き、右でも弾けるようになったけれど、やっぱり長年鍛えた左の方がラクですね(笑)」(アレックス)。
2006年9月には、東京で開催された世界旅行博でハワイ観光局のゲスト・アーティストとして登場し、ファンを急増させた。しかし「これからの活動についても、アルバムについても、家族全員でじっくり話し合って決めていきます。私たちが家族として出会ったことに感謝し、絆を守っていくことが最も重要なことですから」と父は語る。 ハワイでは、古代からオハナ(家族)の絆が人間形成や社会形成の基本であると信じられてきた。新世代のコンテンポラリー・ハワイアン・ミュージック界に、オハナを象徴するグループが出てきたことは、意味のあるムーブメントでもある。 |
| ●今年のゴールデンウィークもお台場に登場! お台場ハワイ・フェスティバル 4月28日(土)~4月30日(月)13:30~、16:00~ ※各回約90分 場所:ヴィーナスフォート/パレットタウン 2階教会広場 出演者:マノアDNA、エイミー・ハナイアリイ、ジャッキー&ケハウ、ヴァンスK(司会) ⇒イベントの詳細はこちら www.venusfort.co.jp/hawai/index.html |
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Manoa DNA 「Follow Me」 Roy Sakuma Productions, Inc. |
| ※アロハストリート2006年冬号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年 4月 25日 |
アイランド・ミュージック「ホルナペ」
2007年2月 7日 16:59 | 2006年秋号 アイランド・ミュージック
| アイランド・ミュージック ~話題のミュージシャンたち~ |
| ブラザーフッドが生み出す美しいハーモニー HOLUNAPE ホルナペ |
「僕たちの生活は、受賞前とまったく変わらないよ(笑)。それはいいことだと思ってるけどね」と3人で大笑い。どこから見ても仲のいい幼なじみ、といった風情だ。 ハンサムなベース&ギターのケコア、いつもにこやかなウクレレの名手カマ、そして一見ごつそうに見えるけれど、実はやさしいギターのカナイは、お互いを尊重しあいながら、美しいハーモニーを作り出していく。ケコアとカマは、同じカメハメハ・スクール出身。カナイは、といえば「去年、僕の学校が火事でなくなっちゃったんだ。あはは。」それはもしかして、ハワイ大学の中で最も古い校舎で、火災に遭ってしまった付属校のUHラボ・スクール?「そうそう、だからもうないんだ。悲しいけど、仕方ないよね」と言いながらも屈託がない。その間、ほかのふたりも「そうそう…」とうなずきながらニコニコ。自分の母校がなくなるなんて、誰も経験はしたくないはず。でも、笑っていられるのは、強い絆=ブラザーフッドで結ばれた仲間と、自分たちの音楽があるからに違いない。
そして、美しい響きと深い意味を持つハワイ語の「詩」を奏でることを大切にしている彼らに影響を与えたのは、「やっぱり家族だね。」とケコア。ハワイにおいて、ファミリーの絆は何より大切にされるべきもの。だから、彼らにとってのヒーローは、今でもギターを教えてくれたおじさんであり、有名なシンガーの祖母であったりするのだ。 「Music is strong」。3人が口をそろえてそう言い切る潔さと、彼らのDNAに確実に埋め込まれている音楽への情熱は、お互いが兄弟以上のつながりを感じる最高のパートナーを得て、枯れることはない。 |
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| ※アロハストリート2006年秋号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年 2月 7日 |
アイランド・ミュージック「ハーブ・オータ・ジュニア」
2006年10月11日 17:19 | 2006年夏号 アイランド・ミュージック
| アイランド・ミュージック ~話題のミュージシャンたち~ |
| ウクレレの魅力を世界へ届けるために Herb Ohta,Jr. ハーブ・オータ・ジュニア |
そんな若き伝道師のひとり、ハーブ・オータ・ジュニアは、特殊な環境で育ったプレイヤー。ハーブ・オータという偉大なる父に手ほどきを受け、幼いころから英才教育でウクレレを学んできた彼は、まさにサラブレッドと呼ぶにふさわしい存在。だが、父と同じ名前を持つことをプレッシャーに思わず、自分のスタイルを確立するには、相当な努力が必要だったに違いない。現在は、ヒルトン・ハワイアン・ビレッジの「トロピックス」や、ココ・マリーナの「バビーズ」にて定期的にライブを行っているが、ココ・マリーナでの演奏は、出来るだけたくさんの人にウクレレを楽しんでもらおうと、ボランティアで行っているのだという。 「そう、僕の夢は、今まで演奏したことのない場所へ行って、ウクレレを聴いたことのない人に、このすばらしい音楽を聴かせてあげること。ベスト・ウクレレ・プレーヤーになることがゴールじゃないんだよ。だって僕のまわりには、神さまとか神の子みたいな人がいるからね(笑)」。
「ふたりだと、なぜかレコーディングがスムーズに進むんだ。彼はギターの天才で、スタイルも違うけれど、きっと同じ音楽のテイストを持っているからだと思う」。そんなダニエルとは、共同でウクレレ教則本も出版済み。互いを天才と呼び合い、尊敬しあえる相手とのコラボレーションは、ジュニアの世界を広げるのに大いに貢献しているようだ。 若手ウクレレ・ミュージシャンの台頭で、にわかに活気を帯びてきたハワイアン・ミュージック界。その中にあって、自分を冷静に見つめながらも、ウクレレの魅力を世界に伝えようとするジュニアの姿は、うりふたつの父を彷彿させるが、そのアプローチは違っている。「音楽に必要なのはテクニックじゃなくて、楽しむこと。楽しまなければ、何も始まらない。だから僕はウクレレを弾き続けるんだ」。 なるほど、がんばれジュニア! |
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| ※アロハストリート2006年夏号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2006年 10月 11日 |