カレンダー
<< 2008年5月
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | ||||
| 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
| 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
| 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 |
| 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
新着記事
カテゴリーから選ぶ
アーカイブ
連載記事・ブログ
アロハファンクラブ「氣志團 綾小路翔さん」
2007年5月 2日 16:36 | 2006年冬号 アロハファンクラブ
![]() |
Aloha Fan Club | |
| 「綾小路 翔(氣志團)さん」インタビュー | ||
|
ハワイをこよなく愛する有名人の方にご登場いただくコーナー。 今回は独自のスタイルでお馴染みのヤンクロックバンド「氣志團」の團長 綾小路 翔さんに、ハワイの楽しみ方について熱く語っていただきました! |
|
| ハワイでファン1,000人とオフ会を開催! 実は渡航歴50回のハワイ通!? | ||
| アロハ: | 氣志團さんは昨年、ファンとハワイでオフ会をしたそうですね。ライブやアクティビティなどを楽しまれたようですが、いかがでしたか? |
|
|
||||||||||||||
| アロハ: | すごーい! |
| 綾小路: | 嘘だけどねー(笑)。雑誌的にハワイ通のほうがいいでしょ。 |
| アロハ: | ハワイ通といえば、綾小路さんはアロハストリートを愛読してくださっているそうですね。 |
| 綾小路: | おかげでこの間はアディダス・ショップに行けました。ただね、記事がやさしく書いてあるから、ラーメン屋さんもどこに行けばいいかわからないわけですよ。だから、もう少しガッツリ書いていただきたいですね。「この店を選べば間違いない!」みたいな…ま、そういうわけにもいかないか!(笑) |
| アロハ: | いえいえ、アドバイスありがとうございます。編集長に伝えておきます。 |
| 綾小路: | でもぶっちゃけ、相当役立ちますよね。すばらしいですよ! しかもこれ、ダーター(*編集部注=無料)ですよね? こんなありがたいことないです。とりあえず、空港降りたらアロハストリートを脇に挟んでいくって感じですね。それがほんとのハワイ通。「わかってるよ」って見ない人はダサいわけです。これでハワイの最新のモードを知ることができるんですから! |
| ノースのエビはほとんど制覇? ガーリックの効いたあの店がおすすめ! | ||
| アロハ: | ハワイではいつもどんなふうに過ごしているんですか? |
|
|
| アロハ: | カフクのエビですか!? いいですねー。とくに「この1軒」というのはあります? |
| 綾小路: | 一応有名なところは食べたんで、最近はちょっとはずして、いろいろ行ってみるんです。どの店も微妙に味が違うわけですよ。その中で一番ぶっこくて好きなのは「フミズ」。女性だとキツイかなっていうくらいガーリックが効いてますけど、おすすめですね。ものすごいパワーで、そのあとにシェイブアイスとか食べても、口の中にまだニンニクの臭いが残ってる。この甘さと香ばしさのハーモニーがほんとに合わない(笑)。1日無駄にしてもオッケーな日はぜひとも! |
| アロハ: | では、次にハワイでやってみたいことは? |
| 綾小路: | ワイメア・パークで、岩の上から海に飛び込みたいですね。実は、何度もビルから飛び降りようとしたことあるんですけどね。CDの売り上げがゆるやかに下降線をたどっているので「やばいなあ」と思って(笑)。
そんな心を癒してくれるのがハワイなんですよ! 僕らみたいなワーカホリックは、絶対に年に一度はハワイに行かなきゃダメだと思っています。ほんとハ ワイってミーハーな感じもあるし、行かず嫌いな人もいると思うんですけど、異国情緒が漂いながらも日系移民が多いから日本文化も残っているし、ちょっとしたパラレルワールド感がありますね。で、英語使いたいやつは頑張って使えばいいし、困ったら日本語でしゃべってもOKっていう安心感もあるしね。僕らも行くたびに発見がありますよ。 あと、氣志團としては、ファンだけでなくハワイの皆さんにも来てもらえるようなライブができるバンドになりたいですね。ハワイの人たちとも、もっともっと仲良くなりたいです。 |
| 笑いっぱなしの楽しいインタビューとなりました。頭の回転が速く、ひとつの質問にたくさんの答えを返してくれる綾小路さん。その言葉からは、ハワイへの愛がひしひしと感じられました。近い将来「日本とハワイの親善大使になりたい!」とのことで、ぜひ実現させてほしいですね。 |
| ※アロハストリート2006年冬号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年 5月 2日 |
アイランドミュージック「マノア DNA」
2007年4月25日 16:39 | 2006年冬号 アイランド・ミュージック
| アイランド・ミュージック ~話題のミュージシャンたち~ |
| オハナ(家族)が作り出す美しきハーモニー Manoa DNA/マノアDNA |
名づけ親は、ロイドの妻のカーラさん。夫と息子たちのステージを、傍らでうれしそうに見守る彼女の姿が必ずライブ会場で見られるほど、4人家族は仲が良い。長男のニックは13歳でウクレレを始めるまでは「楽器といえば、学校で習う縦笛(リコーダー)しか手にしたことがなかったかも(笑)。でも父のバンド仲間が家で練習するときは、とても楽しかったのを覚えています。家の中にはいつもライブ・ミュージックがありましたね!」(ニック)。そして弟のアレックスは、2歳くらいから父がギターを弾くと、すぐにおもちゃのウクレレを持って来て真似をするようになり、見るだけでギターを覚えてしまったという。「父がギターを弾くのを真正面で見て、鏡を見るように真似したので、僕は左利きじゃないのに、ギターは左利き。その後ギターやウクレレ教室に行き、右でも弾けるようになったけれど、やっぱり長年鍛えた左の方がラクですね(笑)」(アレックス)。
2006年9月には、東京で開催された世界旅行博でハワイ観光局のゲスト・アーティストとして登場し、ファンを急増させた。しかし「これからの活動についても、アルバムについても、家族全員でじっくり話し合って決めていきます。私たちが家族として出会ったことに感謝し、絆を守っていくことが最も重要なことですから」と父は語る。 ハワイでは、古代からオハナ(家族)の絆が人間形成や社会形成の基本であると信じられてきた。新世代のコンテンポラリー・ハワイアン・ミュージック界に、オハナを象徴するグループが出てきたことは、意味のあるムーブメントでもある。 |
| ●今年のゴールデンウィークもお台場に登場! お台場ハワイ・フェスティバル 4月28日(土)~4月30日(月)13:30~、16:00~ ※各回約90分 場所:ヴィーナスフォート/パレットタウン 2階教会広場 出演者:マノアDNA、エイミー・ハナイアリイ、ジャッキー&ケハウ、ヴァンスK(司会) ⇒イベントの詳細はこちら www.venusfort.co.jp/hawai/index.html |
![]() |
Manoa DNA 「Follow Me」 Roy Sakuma Productions, Inc. |
| ※アロハストリート2006年冬号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年 4月 25日 |
インタビュー「クラレンス・リー」
2007年4月18日 16:41 | 2006年冬号 インタビュー
| 「イメージ」が語るハワイの文化と生活 クラレンス・リー -Clarence Lee- インタビュー |
| ファーストフードのパッケージから、大企業のロゴ、高級リゾートの優雅なロビーまで、 リー氏の作品はハワイの至るところにある。中国系アメリカ人としてのアイデンティティを表現した 十二支のアートは、アメリカ郵便局の特別記念切手にもなり、12年間かけて売り出されている。 そして2006年、常に走り続けた最前線から、リー氏は引退を表明した。 |
|
|
![]() |
||||||
|
|
|
|||||||||||
|
|
![]() |
||||||||||||||
|
| リーさんのデザインがハワイ中にあふれているのは知ってはいても、実際にオフィスにうかがった際、「あれも?これも? それも!」と、驚くほどたくさんの「リー作品」の中で暮らしていたことを実感しました。そして穏やかなリーさんのお話の中には、私たちが毎日覚えていたい、たくさんの教訓があり、何度も大きくうなずいていました。そのヒントを、この記事の中で探してみてくださいね! |
| ※アロハストリート2006年冬号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年 4月 18日 |
ロコのおすすめ「ケコア・カルヒヴァ」
2007年4月11日 16:43 | 2006年冬号 ロコのおすすめ
![]() 美しい山の風景が迫り、古代ハワイの伝説を残す海があるオアフ島ウィンドワード地区。多くのロコに愛されるのどかな ウィンドワード地区の町カネオヘを、この町で生まれ育ったケコアがご紹介。のんびり気分でローカルフードを食べ歩き! |
| ケコア・カルヒヴァ / Kekoa Kaluhiwa | ||||
オアフ島カネオヘ出身。ハワイのグラミー賞と称されるナ・ホク・ハノハノ賞受賞グループ「Holunape」のメンバーとして活躍するほか、将来の政治家を目指し、ハワイ大学に在学中。ホームタウンの穏やかなローカルライフを楽しみながら、伝統のフラ・ミュージックの継承のために、地元をはじめ日本での公演も積極的に行うほか、次世代のハワイの社会を担っていく勉強にも打ち込むローカルボーイ。元フラダンサーで看護婦の妻シェリルさんとともに、現在ももちろんカネオヘ在住。 |
||||
|
|||||||
|
|||||||
|
||||||||
|
||||||||
|
|||||||||
|
|||||||||
|
|||||||
|
|||||||
|
|||||||
|
|||||||
|
|||||||||
|
|||||||||
|
|||||||||
|
|||||||||
| ※アロハストリート2006年冬号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年 4月 11日 |
「ナイノア・トンプソン」インタビュー
2007年4月 4日 16:51 | 2006年冬号 インタビュー
| 古代の英知とマナ(魂)の学びは途絶えることなく繰り返される ナイノア・トンプソン -Nainoa Thompson- インタビュー |
| 遠い昔、まだ海図や計器も何もなかった頃、ポリネシアからハワイに移り住んだ先祖たちが、太陽、星、風、鳥の様子などから進路を定め、遠く離れた島へと旅したことを証明するために、当時と同じスタイルで建造された古代式カヌー「ホクレア号」。自然だけを頼りに航海を進めていくというこの「ホクレア号」が、2007年1月、ついに日本へと旅立ちました。もちろん今回の航海も、最新テクノロジーは一切使わず、ホクレア号の初航海時から参加したナイノア・トンプソン氏が受け継いだ、スター・ナビゲーションと呼ばれる高度な古代ポリネシアの伝統的な航海術だけを頼りに、旅を続けています。 アロハストリートでは、航海出発直前のナイノア・トンプソン氏にインタビューを行い、この航海やホクレア号に対する特別な思いなどをお聞きしました。 |
|
| 感謝と伝承の輪を完成させる旅へ |
| アロハスト | リート(以下アロハ): ホクレア号はすでに30年以上の航海の歴史を作ってきましたが、いよいよ次はミクロネシア、そして日本、という新しい航路に行かれるのですね。 |
|
![]() |
| その航海術は、選ばれた人だけに口頭で継承されるハワイのフナ(秘術)のようなものだったにも関わらず、そのすべてを誠心誠意20年もの歳月をかけて伝授してくれました。彼の存在と協力がなかったら、ホクレア号が証明した古代ポリネシア人の移住の軌跡も、ハワイの文化復興もなかったでしょう。しかし、今度はそのミクロネシアで、マウの航海術や遠洋航海用カヌー建造の技術が継承の危機を迎えています。マウから学んだ航海術と、カヌー製造技術を再びミクロネシアに返す必要があるのです。マウは今年74歳になり、健康状態を考えても、今しかない、と感じているのです。 | |
| アロハ: | ピアイルグ氏が教えてくれたものを再びミクロネシアに返すことで、サークルを完了させるのですね。 |
| ナイノア: | そうです。ハワイに伝承者がいなくなっていた文化を、ミクロネシアからマウがやってきて、惜しげもなくすべてを与えて復活させてくれました。そして、今度はマウに教えられたすべてを、私たちがミクロネシアに返す番なのです。今度の航海では、ホクレア号とともに、マウのために建造した「マイス」というカヌーが海を渡ります。その航海には、ミクロネシアの若者を参加させ、ナビゲーターとして育てます。これからはホクレアとマイスが、スター・ナビゲーションの学校となるのです。ハワイを助けたマウの島にお返しすることで、学びと感謝のサークル(輪)が完了するのです。これは私にとっても、ホクレア号から多くを学んだすべての人にとっても重要なことなのです。 |
| 日本文化という大きな影響 |
|
|
||||||||
| これも個人的なことになってしまいますが、日本は私にとっても大切な場所なのです。私は今も住んでいるこの場所で生まれて育ちました。ここは私の祖父の時代にハワイ王朝から譲り受けた土地ですが、昔は酪農をやっていて、敷地内には家族の住居のほかに、日本人移民のヨシオ・カワノさんとミヨコさんの夫婦が住む家もありました。私たち兄弟姉妹は忙しい両親に代わってカワノ夫婦に育てられたと言ってもいいほどで、ヨシオの家にいくとそこにはまさに日本があったのです。また、海は私の人生そのものですが、ハワイの海のすべてを教えてくれたのはヨシオだったんです。夜通し働いて帰ってきてもヨシオは毎朝私を海に連れて行ってくれ、釣りをしながら、海を愛すること、そして「海を感じる」ということを教えてくれたのです。これはナビゲーターになったときに本当に役立ちました。「今、自分は海のどこにいて、海から何を感じるか」、これは子どもの頃にヨシオに教えられ、体で学んだことだったのです。 |
| アロハ: | ヨシオさんの祖国への旅も、感謝を返すサークルの一部なのですね。 |
| ナイノア: | そう思います。ホクレア号で日本へ行く計画自体は十数年前から父のアイデアとしてあったのですが、ハワイの文化に大きな影響を与えた日本に、今度はハワイ文化の基礎である「アロハスピリット(友愛の精神)」を持って感謝を返したいと願っています。今、ハワイの日系人は、すでに5世の時代に入っていますが、日本の血を引くハワイの人の多くは「自分のルーツ」への深い想いと尊敬があります。その気持ちを代表して、日本から移民を乗せた船がハワイに向けて出港した港をたどっていこうと計画しています。 できれば、人生最初の師だったヨシオの故郷に行きたいのですが、残念ながら彼がどこから移民してきたのかの資料がありません。でも今回寄港する港のどこかから、ヨシオはハワイに向かったのでしょうね。沖縄はもちろん、福岡などハワイと姉妹都市や友好都市になっている場所もありますし、えひめ丸ゆかりの愛媛にもうかがうつもりです。えひめ丸事故の後、事故現場に遺族をお連れしたのもホクレア号だったのです。 |
|
![]() |
||||||
| ※アロハストリート2006年冬号に掲載した記事です。 |
| 公開日 : 2007年 4月 4日 |